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香りの世界への誘い

シングルノートから読み解く社会

author: なかやま ひろdate: 2022/04/11

“シングルノート”について担当編集さんとお話しした時、「世の中がどんどん複雑になっていくにつれて、シンプルなものが好まれるようになるのですかね。もしくはひとつの事物を深堀りする傾向にあるのか……」という反応がありました。今回は、シングルノートの香りを通して、ブランドクリエーターの伝えたいことから社会を読み解いてみます。

香りのトレンド

何事にも流行りというものはあり、香りの世界にもトレンドがあります。香りのトレンドと言っても、それは複数のアングルからの表現があると思います。

1) 香り自体のトレンド
2) 香りで訴求する印象
3) 1)、2)のコンビネーション

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1) 香り自体のトレンドシフト
シングルフローラルから始まり、複数の花で丸い香りのラウンディッド、複雑さを押し出すコンプレックス、香水調のパフューミスティック、自然イメージを醸し出すナチュラル、ハーブなどボタニカル、そして、現在はシングルノートです。

2) 香りで訴求する印象のトレンド
消費財を扱う業界での香りの役割は、商品が消費者に与える印象の構築のために起用されることが多いようです。例えば、ナチュラルな香りとパッケージで謳っていた P&G の柔軟剤、合成香料も使用されているのですが、天然香料のみで作り上げた柔軟剤のイメージを持った消費者も多いのではないでしょうか。その本意は、「自然」を感じられる香りだったのではと思います。ちょうど、1)でも見たナチュラルやハーブが香りのトレンドとして注目されていた時です。これが 3 つめのトレンドの形です。

そのトレンドは、ファンクショナルからエモーショナルへ移行し、さらにファンクショナル+エモーショナルへ進化を遂げているようです。一時、どこの企業も感情に訴える香りの開発や研究を進めていましたが、COVID-19 の影響でしょうか、衛生、除菌、抗菌を意識し、それらを香りで伝える商品がより増えました。前後しましたが、こちらは訴求ポイントで香りを起用するので、2)の要素が強いです。

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シングルノートと言っても

シングルノートの定義は様々ですが、基本的にはキーとなる香りが引き立つようにブレンドされた香りのことを差します。しかし身につけてから終わりまで香りの変化がなく同じ香りが継続するものを指すとする意見もありますし、DEMETER FRAGRANCE LIBRARY のようにひとつのテーマ、例えば「Rain」(雨)と分かる香りの創作を目的として調香されているものもあります。

最近では、ひとつの香料がテーマとなった調香も増えてきたので、ひとつの香料で作られている(ここまでくると調香とは言えないと思いますが)と誤解されがちですが、ブレンドです。

例えばみずみずしいオレンジをテーマとしたら、そういうオレンジを表現するために複数の香料を使用します。決して、みずみずしいオレンジの香料だけを使用しているわけではありません。

1921 年に女性の様々な表情を表現した Chanel No. 5 が世に出るまでのフレグランスは単一の香料を使った"具体的な香り"が主流でした。100 年経った今、また具体的な香りが注目をされています。

それには、かつてとは異なる理由があり、似たような複雑な香りの商品が並ぶ中で、単一の香料をテーマにした方が消費者には、特に香りの世界初心者にはわかりやすいことと、原料のストーリーを伝えることで消費者の意識を環境へ向けることを意図しているように思います。

OBVIOUS

これまでもシングルノートのブランドは存在していましたが、私の興味を引いたブランドは 2020 年秋にローンチした OBVIOUSです。

こちらのブランドクリエーターは、20 年もの長い間ニッチフレグランスの最前線にいる David Frossard 氏。BYREDO など、数多くのニッチブランドの立ち上げにも携わり、自身でもパリで香水ブティックを運営しています。

David 氏との会話の中には非常に重要なエレメンツがありましたが、Back to Basic Break the Code にまとめられると思います。

長きに渡り、毎日、どこかでニッチブランドが生まれる様子を目の当たりにし気づいたことは、インテンシブな香り、オリジナリティの欠如でした。いつしかマーケティング手法が先行してしまいました。大手企業による買収、かつて 100 ユーロだった商品があっという間に 200 ユーロに値上がり、ニッチぶっているブランドの台頭、といった課題が浮き出てきました。

以前、ニッチフレグランスブランドについて執筆しましたが、そこに記載したカテゴリーのどれかに表面的に触れているニッチブランドが見られるようになり、ニッチブランドに感性や情熱が失われているのではないか?

そこでメスを入れる必要性を感じたそうです。Revolution(革命)を起こすと言っても、「Back to Basic」つまり、基本に戻る。特にフランスのフレグランスの基本、シンプルで、上質で、クラシックへ再訪「Revisit」した結果、飾らないフレグランスの創作を表現することになりました。

これを軸に「Break the Code」を実行したら、過度な広告などのマーケティングに頼らないコミュニケーションの必要性。

ソーシングパッケージに注力。プラスティックを使用せず、コルクのキャップを採用と聞くとリサイクルではと思われますが、サステナブル=リサイクルではありません。一過性な環境保護だけではなく、私たちの暮らすプラネットを守るエコシステムの構築がブランドの思い。

そのため、洗練されたクオリティーの高い香りを保ちつつ、より手軽にフレグランスを日常の一部に取り入れられるような軽めで、カジュアルで、イージーゴーイングな香りに仕上がっています。さらに気に入った香りをリピートして身に纏えるよう適正価格を実現しています。

Joy to Consumer」とおっしゃっていたことが印象に残ります。

誰かを魅了するためのフレグランスから、自分が気持ちよく過ごすためのフレグランスへのシフトも提案しているメッセージだと私は思います。

人に認めてもらうためではなく、自分をありのまま受け入れるとでも言いましょうか、自分を嬉しくする香りのコレクションです。香水だけでなく、ファッション全般に言えることかもしれませんが、自分のためだったものが、いつしか周りのため、周りに認めてもらうためになってから久しいですが、かつてフレグランスもファッションも自分のために、自分を嬉しくするために纏っていた時代に戻るというメッセージを OBVIOUS から受け取りました。

私は仕事上、多くの香りの提案をしますが、最終的には自分に合った、自分が心地よい香りを選ぶように締めくくります。David 氏が OBVIOUS で提案しているのはまさに「ソレ」です。

OBVIOUS を日本展開する ART EAU の白石 謙氏は、David 氏と相談しながら日本の消費者に寄り添った日本独自のプロモーションのローカライズを行なっています。取り扱い店舗もブランドパーソナリティにあった展開をしているように見受けられます。販売スタッフも説明のしやすさからファンになってくれるようです。

David 氏が目指しているのは「白い T-Shirt のような香水」ですが、インタビュー当日の T-Shirt は「白」ではなかったんですね。意図されてはなかったのでしょうが、他の単色でシンプルな出立でした。次回は白い T-Shirt を纏った David にお会いしたいとお伝えしました。

Essential Parfums

こちらもまたフランスのブランドです。私がイタリアの香りの展示会に取材に行った際に出会った香り業界ベテランの Geraldine Archambault 氏が生み出しました。彼女とは香料の天然か合成か、いかに業界がサステナブルに貢献できるかの談義で意気投合したのが記憶に残ります。

本質を取り戻すというミッションの元、Essential Parfums は「Haute perfumery, sustainable and affordable」(質、サステナブル、手頃な価格)を目指しています。

その上で、自由な創造。香料会社などに勤務する会社員のマスターパフューマー/シニアパフューマーを始め、香りの業界をトップで走るエリート調香師とコラボレーションし、制約や制限のない香りの作品作りに邁進してもらいます。

エリート調香師に自由に、というプロジェクトは新しいものではなく、Frederic Malle や Le Labo はその先駆け。ただ、今回のお題は各ノートを尊重した Single Note です。

中間業者や伝統的な広告手法による複雑さを取り除き、シンプルで、オーセンティックで、ソフィスティケートな香りを、可能な限り少ない香りのパレットで、持続可能な高級素材を少なくともひとつは使って香りの傑作を生み出すことは、調香師にとってはチャレンジングなプロジェクトになったのではないでしょうか。

私が認識した初めての香料がムスクだったこと、勤務した香料会社のトップ調香師 Calice Becker 氏が創作したことから、The Musc が私のオススメですが、どれも洗練された、わかりやすい香りです。

シンプルであることが究極の洗練と考える Essential Parfums は、合成香料が氾濫する中で、貴重な天然素材にこだわっていますが、その生産量は無限ではないことを理解しているため合成香料も活用しています。

香水をアートフォームと捉えているからこそ、フレグランスの名称と調香師のサインだけのボトルは中身のジュースにフォーカスできるデザインとなっています。

日本での取り扱いはニッチフレグランスの専門店 NOSE SHOP にて。NOSE SHOP Inc. の中森 友喜氏は良いタイミングで日本展開が始まったと話します。香りはしっかりとしたラインで、日本のライトユーザー層に浸透できるか測りかねていたそうですが、予想よりも遥かに早くコア層だけでなくライトなユーザーからも好反応を得ることができました。その背景には日本市場の変化を感じているそうです。香りは勿論ながら、コンセプトやパッケージが、 SDGs が浸透した世に受け入れられやすい雰囲気をもっている点、そして価格も比較的リーズナブルなところが人気の背景ではないかと共有いただきました。

Archambault 氏曰く、来年にはリフィールも発売されるようです。そのパッケージもサステナブルで画期的なものとなるようですので、楽しみです。

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お香での Single Note は?

トリクルダウンと言って、香りの世界では香水のトレンドが消費財の香りのトレンドにシフトしていくのですが、近年ではその流れがお香にも引き継がれているように感じます。

お香に関して言えば、日本ではブレンドからシングルノートに移行した歴史があります。中国から伝わったお香のブレンドが、国風文化が栄えた平安時代に日本の香りとして華咲きます。その後、戦国武将が政治を掌握し始めた鎌倉時代から権力の証のひとつとして、高品質の香木をコレクションし、時折、その一部を切り、火を灯す。またシンプルなものが好まれた、侘び寂びが生まれた室町時代には香道が生まれます。

時代は変わって令和。白檀、赤杉、沈香のみで作られた Subtle Bodies というオーストラリアのお香ブランドがあります。繋ぎとなるタブ粉以外の香原料を使用せず、デザイナーの Tommy Ashby 氏が、それぞれの原料の植林地の生産者の世界中からサステイナブルな環境で作られた原料を厳選し作ったお香です。

サイト上では無臭と謳っておりますが、基本、匂いがないものは存在しません。ブレンドのような、最近のオイルや合成香料を加えた香りではないため、このような表現をしているかと思います。

なぜ Single Note なのかというと、自然を素直に表現できるのではないかとのこと。何千年も前からお香は世界各地に存在するものですが、オーストラリアでいうところの伝統的なお香なのでは、オーストラリアのお香に関して勉強し、理解を深めたいなと思いました。

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ライフスタイルとシングルノート

シングルノートという表現はまだ私たちの生活の一部になっていませんが、私たちの(ライフ)スタイルに登場して久しいミニマリズムと等しいのではないでしょうか。

私が先日まで勤めていた会社では世界中の情報を整理することをミッションとしていたのですが、この情報過多な世の中、わかりやすい情報がすんなり入って来るかと思います。香りも然りなのでしょうか。コーヒーでもここ数年シングルオリジンが流行っているようです。

皆さんはどちらでしょうか? ものが溢れている現在、自分にあったものだけに絞ったり、自分が興味があるものにしか目を向けない、それとも古き良きものへの回帰でしょうか、ご意見お聞きしたいです。

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香りのコミュニケーター
なかやま ひろ

香りのコミュニケーター。Project Felicia 代表。ニューヨーク・ロサンゼルス・パリ・シンガポールと海外でのキャリアが長いマルチワーカー。元広告代理店 IW Group、JWT、Burson-Marsteller、元人材会社デジタル担当、元香料会社ジボダンマーケティング担当。2017 年夏、活動拠点を日本に移し、日立製作所、Google、現在外資 CRM 企業会社員。「源氏物語が体験できるお香『Six in Sense』」を自社ブランド「Bridge and Blend」でプロディース。クラファン「Kickstarter」と「Makuake」でチャレンジ。五感を使ったマーケティングが求められる今「香り」の可能性を日々追求中。
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