何気なく貼ったポスター、最近買ったフィギュア、仕事で使った道具。デスクの周りには、無意識のうちに積み上がった“その人らしさ”がにじみ出ているはず。
そんな空間で制作をしているのは、映像やトラックメイクなど幅広く手がけるグラフィックデザイナーの岡本太玖斗さん。2025年5月には、星野源の新曲『Star』のミュージックビデオで監督を務め、注目を集めた。
デスクの上に広がる道具や棚に並んだ書籍やポスター、空間のあちこちからジャンルや年代を飛び越えたカルチャーの蓄積がにじみ出ている。今回、数々の“創造”が生まれてきたデスクから、近年手がけた作品の背景をはじめ、創作のベースとなる原体験など話を聞いた。

岡本太玖斗
1998年東京都生まれ。グラフィックデザイナー、映像ディレクター、アートディレクター、フォトグラファー。筑波大学芸術専門学群ビジュアルデザイン専攻卒業。星野源の『Star』やTeleの『残像の愛し方』などのミュージックビデオを手がける。
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創作のすべては、このデスクから

──大きなワンルームが特徴的なお部屋ですね。
この間取りが決め手で、今の部屋を選びました。部屋の中央に棚を置いて、空間を仕切っています。デスクやプリンターがあるスペースは制作をする空間で、反対側はレコードを聴いたりゲームをしたり、生活やリラックスするための空間ですね。

── MV制作からトラックメイクまで様々行っていらっしゃいますが、普段はこのデスクで作業されてるんですか?
家にいる時はだいたいここで作業しています。たまに気分転換で近所のファミレスに行ったりもしますけど、集中すると気づいたら食事も忘れてずっとここに座ってることもよくあります。
長時間椅子に座ることが多いので、座り心地が良い椅子にしたくて。オフィスバスターズという中古家具のサイトで買ったVitraの.04という椅子を使ってます。一見硬そうなんですけど、全然疲れないのでお気に入りです。


──この部屋で、撮影された作品もあるとか?
青は止まれの『Prelude』というMVでは、撮影から編集まですべての過程をこの部屋で行ってみました。グラフィックはもちろん、映像制作やトラックメイクまで、仕事のほとんどがこのデスクから生まれていますね。
──様々な作業をされるということもあって、デスクは大きいですね。やはり、作業しやすいようにシンプルな方が落ち着きますか?
いえ、本当は山のようになっていて、これでも相当片付けたんですよ(笑)。基本的には煩雑な状態の方が落ち着くタイプなんですけど、たまにこうやって片付けてみると、「あ、やっぱり綺麗なのもいいな」って思います。別に整ってないと仕事ができないわけじゃないんですけど。デスクはサイズを1センチ単位でオーダーできるKANADEMONOのものを使っています。
──デスク横のプリンターもだいぶ存在感がありますね。
これは、大学時代に所属していた研究室の先生から譲ってもらったレーザープリンターなんです。プリンターを買い替えるタイミングで「フリーになるんなら使うでしょ?」って、ちょっと古いけど譲ってくれて。グラフィックデザインの仕事にはプリンターが必要不可欠なので、自宅にあるのはありがたいです。おかげで、家の中で作業が完結するのでめちゃくちゃ助かってます。

デスク周りから見える“好きの地層”
──そんな多くの時間を過ごしているお部屋ですが、インテリアにテーマはあったりするのでしょうか?
うーん、そうですね……。やっぱりマテリアル(素材)ですかね。棚は無印良品のステンレス製のものを使っていて、床は木、机の天板はリノリウム。特に明確なコンセプトがあって選んでいるわけではないんですけど、素材のバランスは気にしています。

例えば 、スチールの棚に見えるデスク横の棚は、実は紙でできてるんですよ。立川市にある福永紙工っていう、紙の印刷や加工をしている会社が出してるpaper rackっていうプロダクトなんです。
質感とかフォルムがしっかりしていて、一見、スチールっぽいけど軽くて扱いやすい。最近買った面白いものを飾る棚として使ってます。今はかわいいなと思って買った、にしこはりこさんのポストカードとか置いています。
──昔からマテリアルは意識されていたんですか?
もともとマテリアルが好きなんです。アーティストのグッズでステッカーセットを作るときも、全部違う紙にしたくなっちゃうんですよ。ミラー紙、上質紙、マット紙……みたいに。異なる質感の組み合わせに美しさを感じるんですよね。そういう感覚が、部屋の空間づくりにも自然と反映されている気がします。
──デスクに飾られているこの人形たちも気になりました。何のキャラクターですか?
グラフィックや映像を軸に音楽、出版、ファッションなど幅広く活動するデザインスタジオgroovisionsのキャラクター、チャッピーです。
最近中古で買った本の付録についていたもので、見つけた瞬間テンションが上がっちゃいましたね。groovisionsがマジで大好きで。彼らが手掛けたRIP SLYMEやSPANOVAなどのCDのジャケットデザインなんかには、めちゃくちゃ影響を受けてます。いわゆる渋谷系のグラフィックに、学生の頃からずっと憧れてたんですよね。

アヒルの奥に立っている人形がチャッピー
──CDのジャケットデザインに影響を受けているとのことですが、棚にもたくさんCDが置いてありますね。
グラフィックデザインの原体験として、CDジャケットのデザインはすごく大きいですね。母親がピアニストだったこともあって、家では常に音楽が流れていたし、CDを手に取りやすい環境だったと思います。
歌詞カードを読んだり、ジャケットを眺めたり、そういう物体としてのCDや音楽に“触れる”体験が、昔から自分に蓄積されていて。アーティストとしての姿勢とデザインが直結しているような感覚があって、それが今の自分の感性に深く影響している気がします。
往年のCDってジャケットのデザインがかっこいいのはもちろん、付録でついてくるステッカーやカード、ムック本にもデザインやアーティストの思想とかが反映されているように感じます。モノとしてめっちゃ面白いので、手元に置いておきたくなりますね。
── CD以外にもレコードやカセットなどもたくさんありますね。
最近ちょっと忙しくてなかなか聴けてないんですけど、ここ2年くらいアナログ盤にもハマっていて。初めてちゃんとレコードで音を聴いたとき、人生の中でもけっこう衝撃的な体験でした。音が良すぎて……なんというか、音そのものが塊として空気の波になって迫ってくるような、そんな感覚があって。それがすごく新しくて、一気にのめり込みました。今まで聴いてきたアルバムをアナログで買い直したりして、改めて聴き直しています。
──レコード以外にも最近衝撃を受けたものってあるんですか?
今さらながら、任天堂ってすごすぎるなって思いますね。幼少期は、家にはゲーム機もなかったし、DSも触ったことがなかったので、遅咲きのゲームデビューなんですけど、プロダクトデザインも本当にすごいし、ゲーム自体の設計がとにかく緻密で感動するんです。
例えば『スーパーマリオ 3Dワールド』っていうゲームがあって。3Dのオープンワールド的なマップを進んでいくんですけど、ステージの脇の塀の上とか、「これ登れるのかな?」っていう場所にも、頑張ればちゃんと登れるようになっていて。で、その登った先にはちゃんとアイテムが置いてあるんですよ。

これって、ものすごいことだと思ってて。「ここ、もしかして行けるんじゃない?」っていうプレイヤーの予感に対してそれが正解で、しかも報酬がある。そういう“報われる”設計がちゃんとされてるんですよね。
だから、プレイヤーとしても自然と「もっと頑張って探してみよう」と思えるし、探索のモチベーションもすごく高まるんです。そういった設計以外にもゲームの進行に併せて曲がかかったり、演出も凝っている。物語の総合芸術という感じがして、すごいなって思います。

「よくわからない存在」を育てる部屋
──デスクの対面にあるステンレス製の棚の中も、岡本さんの人となりがにじみ出ているように感じます。
カレル・マルテンスっていうオランダのグラフィックデザイナーがいて、その人の事務所にある棚がちょうどこんな感じで。写真で見たときに、横長で、どっしりした棚っていいなと思って。そこからずっとイメージが残ってて、自分の空間にも取り入れたくなったんです。



──影響を受けているものや好きなものに囲まれている空間なんですね。棚には星野源さんのアルバムもあります。
星野さんも影響を受けたアーティストのひとりで。いつか星野さんに携わるお仕事ができたらいいなあと思っていたんです。でも、自分がそこに入ることはないだろうなと思ってました。
まさかMVという形で、しかも監督として関われるとは……今でもちょっと信じられない感覚があります。

もともと星野さんの作品や活動がめちゃくちゃ好きだったので、そんな「好きなもの」に自分が関わるっていうのが、ある意味ですごく怖かったんです。自分の手でその文脈を壊してしまう可能性もあるわけで。そのプレッシャーを勝手に強く感じすぎて、ちょっと気が狂いそうになってましたね(笑)。
しかも、制作期間があまりなかったので、編集は短期間で一気に仕上げなきゃいけなくて。もう、数日間は部屋に籠もってあの映像しか見ていないような状態で、布団に顔を突っ込んで「あ〜〜〜〜〜!」って叫ぶ日もあったくらいです。
──影響を受けたものに携わる側になるのは、なかなかない機会ですよね。
自然と“好きなもの”にだんだん近づいていってるんだなぁって、最近すごく感じるんです。もともと「仕事にしたい!」っていうよりは、ただのファンとして好きだったものなんですけどね。
──マルチに活躍の幅を広げてて、ますます肩書がわからなくなってきましたね。
まさか映像ディレクターとして仕事をするようになるとは思ってなかったです。今思い返すと、昔から星野源さんやいとうせいこうさんみたいに“よくわからない立ち位置の人”になりたいという気持ちはあったんです。
俳優であり、ミュージシャンであり、コメディアンでもあり、執筆もする。好きなことをそれぞれそのままやって、結果的に「この人、なんなんだ?」みたいな存在になっている。
そういう人たちを見て、いいなと思ってました。別に意図的に寄っていこうとしてるわけじゃないんですけど、やりたいことを素直にやっていたら、自然と自分もそういう方向に向かっている感じです。なので、影響を受けたものや好きだなと思えるものを根っこで大切にして、このまま流れに任せてやっていけたらと思っています。
