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すべては“赤い部屋”から生まれた?

山中瑶子が語る、映画の中の「部屋」と自分が住む「部屋」

author: Beyond magazine 編集部date: 2025/05/17

映画やドラマなどで映し出される「部屋」は、ストーリーテリングに欠かせない演出手段だ。ひとつの舞台になることもあれば、舞台装置的な役割を果たすこともある。
 
よく目を凝らしてみると、登場人物の人となりがわかるヒントが表現されていたり、その瞬間の感情を読み解くこともできるかもしれない。映像の世界では、そんな作り手のこだわりやセンスが如実に出た「部屋」に度々出くわす。
 
2024年に公開された、映画『ナミビアの砂漠』は作中に出てくる人物たちを印象づけるような「部屋」がいくつもあったように思う。同作を手掛けた映画監督の山中瑶子さんに映像作品と「部屋」について伺うと、山中さんの映画づくりに対する考えや映画監督を志すことになったルーツ、さらにはパーソナルな「部屋」へのこだわりが垣間見れた。

映画『愛されちゃって、マフィア』『アイズ ワイド シャット』の部屋に感じた親近感

山中瑶子(やまなか・ようこ)

長野県出身。独学で制作した初監督作品『あみこ』が PFF アワード2017に入選。翌年、20歳で第68回ベルリン国際映画祭にて長編映画監督の最年少記録を更新。本格的長編第一作となる『ナミビアの砂漠』は第77回カンヌ国際映画祭 監督週間に出品され、女性監督として史上最年少となる国際映画批評家連盟賞を受賞。

X:@dwnwakeup

──これまでに観た映像作品の中で“部屋が印象的だった作品”を教えてください。

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あまり画面の中で部屋ばかりを注目することはないんですが、ジョナサン・デミ監督の『愛されちゃって、マフィア』(1988)は記憶に残っています。音楽をトーキング・ヘッズのデヴィッド・バーンが手がけている、日本未公開のラブコメなんですけど、主人公のFBI捜査官とギャングの妻のロマンスで、その主人公の部屋が心に残っています。

ピタゴラスイッチみたいに、朝起きてから30秒で家を出れるように設計された、忙しい社会人に特化した効率重視の部屋なんですよ。すぐに着替えられるようスーツが空中に吊り紐とかでセットされていて、起き上がって上着に腕を通したら、二段ベッドから飛び降りてその勢いのまま下にセットされているズボンを履けるみたいな(笑)。

猫を何匹か飼っていて、餌のある場所のスイッチを押すと4箇所くらいからばーっと出てきて、猫がわーっと食べる。他で見たことのない部屋ってまさにこのこと。部屋自体はストーリーに大きな影響を与える要素はないですが、キャラクターはよく現れているような気がする。

映画の冒頭にこのシーンが出てくるわけでもなく、中盤くらいで突然モーニングルーティーンが始まる唐突さが笑えるし、圧倒されました。全くおしゃれではなく意外と狭い。洋画で狭い部屋ってあまり出てこないので、親近感が湧いたのかもしれません。

──いつ頃見られたんですか?

3、4年くらい前に、今はなくなってしまった京都のみなみ会館で観ました。70、80年代のアメリカ映画特集をやっていたんですよね。

──他に好きな部屋が出てくる作品はありますか?

いわゆる西洋のとにかく広くて天井が高い家には、住んでみたいし憧れもあるじゃないですか。でも管理が難しそう。その中でも親しみが持てる部屋が登場するのが、スタンリー・キューブリック監督の『アイズ ワイド シャット』(1999)。

メインキャラクターの夫婦の家は、部屋中に物が散乱しているんですよ。観ていると、おそらく全てニコール・キッドマン扮する妻の持ち物だと感じる。化粧品や趣味の物、仕事関係のアート作品だったりがあちこちにあって。こんなに広くて部屋数が多い家なのに、トム・クルーズ演じる夫の精神的な居場所がなさそうだなぁということがよく伝わってきて。

素晴らしい演出だと思うし、物の多さと散らかりようを目で追ってしまいます。私自身が片付けが苦手で、物が全くない部屋に現実味を感じないからだと思いますが。

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──しかも主演の2人は、当時は実の夫婦だったわけです。

夫婦の信頼関係への疑念みたいなものを題材にしていて、いわゆる嫉妬の話でもありますが、それが正直バカバカしいなって感じる瞬間もある。でも実際には、そこから逃れられない人がほとんどだと思うと、壮大なスケールで描くわりに単純な話でいいなとも思いました。

途中からのカルト組織の描写が、昔は完全にフィクションだと思って鑑賞していたけれど、最近は世界中の異常な事態が明らかになっているので、案外リアルに存在しているのかもなと思い直したりして面白いです。

──『アイズ ワイド シャット』で、特に何がどう映っているところが好きですか。

使ったリップスティックを元の場所に戻さず、その辺の飾り棚にとりあえず置いたみたいな感じが好きです。アートに携わる仕事の設定だったら普通はオブジェとかキャンドルみたいな装飾的なものを置きますよね。あとは洗面台には大量の化粧品のボトルが置いてあって、そこで忙しなくニコール・キッドマンが制汗剤を使うシーンからも人物像が見えてくる。

あとは、冒頭にトム・クルーズが「僕の財布はどこ」と探すシーンがあって。どこか決まった置き場所がなく、常に物を探していていることが分かる描写からこの映画は始まるんだ!という見事なシーンは、いつ観ても心がざわつきます。

──逆に、映像作品中に観られる部屋の演出で、がっかりすることはありますか。

なんだろう。日本で言うとドリームキャッチャーでしたっけ?窓辺につける羽がついたネイティブインディアンのお守りみたいなやつ。あれは何なんだろうと思いますね(笑)。

『ナミビアの砂漠』での部屋づくり

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──撮影する際に、部屋に関してこだわったことはありますか。

誰が部屋を汚しているかが見えるようにしたいと思いました。美術部には「主人公のカナの一人目の彼氏、ホンダが頑張って綺麗な状態を維持してることが部屋から分かるようにして欲しい」とは伝えていました。次の彼氏のハヤシと同棲し始めたら最初の方はまだ綺麗だった部屋も、2人の関係性が悪化していくにつれて荒れていく。

余力がなくなってきた頃に、ハヤシも部屋を維持しようとしなくなる。ゲームの「スプラトゥーン」みたいな感じで、誰がその部屋を侵略しているかを明らかにしたいというか。まあ、それはカナでしかないんですけれど、部屋の散らかり状態の段階を作っていきました。

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河合優実主演!映画『ナミビアの砂漠』予告編より

──各部屋を作る上で、何かインスピレーションになったものはありましたか?

これまで誰かの家に居候したり、逆に誰かを自宅に居候させたり、友達とシェアハウスをしたり、同棲したりしてきました。一人で住む時間より、人と住む時間がずっと長かったので、その経験からというのはあるかもしれません。好きでそういう暮らしをしていたというより、お金がなくてそうなったり、もちろん好きで一緒に住むときもありましたね。

当たり前ですけれど、部屋の状態というのは住む相手によって全然違うなと思うんです。なるべくお互い気持ちよく過ごしたいけれど、自分は一貫して変えられないところもあって、それを受け入れられたり、嫌がられたりする。

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──例えば、どんなことでしょう?

お風呂に入る頻度とか。感覚が同じ子とコロナ中に住んでいて、家から出なければ、3日に1回髪を洗えばいいみたいな感じで。掃除についてもお互いに「そろそろやるか」っていうタイミングが一緒で楽でした。汚さの許容範囲が近いというか。逆に使ったものを戻さないで「どこ?」というやりとりが頻繁に発生してお互いにイライラするパターンもありましたね。

──『ナミビアの砂漠』の作中の部屋で、特に気に入っている部屋はありますか?

どの部屋もいい感じだったと思います。美術、装飾部の知恵と観察眼の結晶のような部屋たちで、どれもお気に入りです。ホンダとカナの部屋は、ホンダが元々住んでいたところにカナが転がり込んだんだろうなあ、というのが分かるように、と伝えていました。だから家具や寝具などが全部寒色だったりグレー系で、特段の色味はないんですよね。カナがあの部屋から飛び出した気持ちも分かるような。

その分、ハヤシとの部屋は、二人でリサイクルショップに行くシーンもありましたが、暖色で、新生活の彩りが感じられるものにしてもらいました。椅子が全部バラバラなんですよね。気に入ったものを揃えられた自由な部屋にも感じられるし、ごちゃごちゃしているとも言えるし。細部を見れば見るほどこだわりが感じられて、カオスになっていく関係にピッタリで、素晴らしかったです。

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──先ほどドリームキャッチャーの話が出ましたが、自身の作品で避けていることはありますか。

ドリームキャッチャーは、実際に自分の作品でも飾られることがあるんですよ。なぜか高確率である。いつもチェックの時に外すようにしています(笑)。個人の体感としてどの家にもあるものでもないから、気になってしまう。映像的には、揺れたり、キラキラするものは動きがあっていいんですが。のれんやビーズカーテンは好きですね。

──カーテンはどのようにして選ぶのですか。

自分の家でもカーテン選びは難しいですよね。映像作品中のカーテンとなると、透けさせたりしたい。リアルだと遮光性があったほうが良かったりもしますが、そこのリアリティは考えていないかも。風が吹いて揺れたら嬉しいなと思ったりして、軽い素材のものを取り入れることが多いかもしれません。

映画監督の山中瑶子を作った赤い部屋

──デヴィッド・リンチ監督の『ツインピークス』の赤い部屋に憧れて、学生時代は真っ赤なカーテンをつけた部屋に住んでいたと伺いました。どういう経緯でそうなったのか教えてください。

映画館にある幕みたいな遮光性が高いカーテンは、自宅で映画鑑賞する際に良いんです。それに、デヴィッド・リンチの映画の赤いカーテンみたいにたっぷりと重みのあるものが素敵でいいなと、当時は漠然と思っていて。高校卒業して地元のお店で選んで購入し上京と共に持ってきたんです。

一人暮らし未経験だったので、何が必要で何が不必要か分かっていなかったんです。思いつくもの全部買ったのでいらないものがいっぱいあったし、今だったらあんな色のカーテンには絶対しない(笑)。実際部屋につけてみて、最初はなんて品があるんだと気に入っていたんですけど。

やはり異様ですよね。常に赤いと普通に気が狂いそうになるというか。デヴィッド・リンチのセンスが大好きで、何かしらを真似たかった。でも赤い部屋に住むことが、一体どういうことなのかを分かっていなかったんです。

──そこでは誰かと同居していたんですか?

よく大学の友人が泊まりに来てました。その子はわたしの最寄りの同じスナックでバイトしていて。夜中の2時に終わってそのまま泊まりに来てくれるみたいな感じでした。このままじゃおかしくなりそうと思い「泊まりに来て」と頼んでいました。ベッドの真横の一面に赤いカーテンを掛けていて、カーテンの横で寝てる感じなので、遮光性が高いとはいえ赤い光がさして、昼でも部屋全体が赤っぽくなっていました。

──その生活はどれくらい続いたんですか?

大学は一年で辞めていたのに出られず、4、5年くらい。うっすらこの部屋が変だと気がついていたけど、当時はカーテンのせいだと思わなくて。後から親に「朝起きられなくて、学校へ行けなくなったのもそのせいじゃない?」「赤は興奮作用というか覚醒作用があるからダメじゃない?」と言われて気がつけたんです。「もっと早く言って欲しかった」と思ったけど。でも、あの部屋が今の私を作ったのかもしれないとも思っています。カーテンが淡い色だったら、こうはならなかったと思うんですよね。

──毎日、立て続けに何本も映画を観たのは、赤が作用したからではないかと。

気分が高まって映画を観て、疲れ果てて、でも寝れない。しょうがなく寝るみたいな毎日を送っていました。覚醒してあんまり休めてる感じもなくて、ずっとしんどかったです。赤いカーテンの部屋に住む人って、映画でもペドロ・アルモドバル監督作品とかでしか見ないですよね。すごくエネルギッシュ。新生活を控えた学生には赤いカーテンを売らないで欲しいって思うし、何か一言教えてほしいですね。「寝室に使うと気がおかしくなりますよ」って(笑)。

──物件探しをする際のこだわりはありますか。

日当たりがいいことと広さですね。やっぱり健康的に暮らしたいので。絶対に広くないと嫌です。下積み時代は、四畳一間とかの独房みたいな家で一人暮らしをすることが良しとされているところがあるじゃないですか。芸人さんとかでもよく聞きますけど、若者が窮屈な生活をすることを称える感じに違和感があって。

もちろん支払える家賃の限界とか事情もあると思うんですけど、東京の賃貸は狭いのに高くて、普通に人が暮らせる最低限度じゃないと思う。本当に寝るだけ。東京は土地がないからしょうがないのかもしれないけど、私自身は都心でなくてもいいから広さを優先したいですね。

──他にこれまで山中さんが住んできた部屋に傾向はあるんでしょうか。

特に意識していないけど、1階に住むことが多いですね。置き配を盗まれたりするので、困っているし怖さも感じているのですが。あとは、あんまり同じところに留まりたくなくて、引っ越しをいっぱいしたいんです。住む場所で考え方とか癖が変わると思っています。部屋もそうですし、街もそう。

「今の自分の感じにもう飽きたな」「ちょっと変わりたいな」と思ったら簡単に引っ越します。気軽に海外で生活もしたいけど、物は手放したくない。誰かその期間代わりに住んでくれて家賃も払ってくれる人がいたらいいんですけど。

──自宅ではどういう環境で映像作品を鑑賞していますか。

ソファーベッドの向かいに、テレビとスクリーンを設置しています。ガッツリ長時間かけて量を観なきゃいけないときは、ソファーベッドに寝て楽な体勢で観て、ご飯もそこで食べます。その周りにだんだん物が積み上がっていって、仕事が落ち着いたら片付けるみたいな感じですね。

集中して観たいときはスクリーンで観ます。映画鑑賞の環境はちゃんと整備していて、スピーカーもセットしてあります。ただ、飼い猫のヤンとコタが私の周りを飛び交ったりスピーカーの上に乗ったりする。いきなり猫同士の喧嘩が始まったりして、結局、集中できないという(笑)。なので、観たい映画や試写会は、外出して然るべき場所で観るようにしています。オンラインでは観たくないですね。

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──何か部屋における悩みは?

本をはじめ、物が多いこと。片付ける時間がないので増える一方なんです。だから広い部屋を借りていても狭くなっていく(笑)。引っ越すときに減らそうと思いつつ、結局準備が間に合わなくて段ボールごと持って行って、それをずっと開けないままなんですよね。そこは変わりたいなと思います。でも、物を捨てたら、それを使っていたときのことを思い出せなくなる気がしていて、できるだけ手元に置いておきたい気持ちがあるんです。

──断捨離など、物を減らす価値観が支持される中で意外に感じました。

「記憶からなくなると何も残らない」という感覚が自分の中に強くあるんです。自分に蓄積されていることが無くなると思うと、もったいないしすごく不安です。必要なときに見返して「こういう物もあったな」「ここが好きだったな」と思い出せればいいし、物を処分して“今”しかなくなっちゃうのが怖いんです。頑張るときは“今”しかなくていいんですけど、常に“今”しかないと映画を作るときに困るじゃないですか。

すっかり興味が薄れていても、意図的に部屋の中に残したり、目立つ場所に飾ったりしたりしていますね。大好きだった楳図かずおの漫画がそうです。何年も読み返さないし、電子化もされているだろうけど、それだとダメなんです。自分を形成してきた物は視界に入れて大切にしていきたいと思っています。

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