MENU
search icon
media
Beyond magazineでは
ニュースレターを配信しています
  1. TOP/
  2. ウェルネス/
  3. 星野文月による「続けなくていい」日記の手ほどき
ウェルネス

ねえ、日記、書いてみない?

星野文月による「続けなくていい」日記の手ほどき

author: 久保泉date: 2025/07/15

日記と聞いてどんなイメージがある? 習慣で毎日書いているという人もいるだろうし、日記本を読んでいるという人もいるだろう。そして、日記を書きたいけれどなかなか続かない……という悩みを持っている人もいるのではないだろうか。
 
私たちの日々には、かならず出来事やそれに付随した感情が流れているのに、そのどれもすべてを覚えていることはできない。だから、日記を書くのかもしれない。

作家・文筆家の星野文月さんの近著『不確かな日々』のある日の日記には、こんなことが綴られている。
 


4月26日(金)

日常の中で取りこぼしたくないこと、書いて残しておきたいこと、まだ書けないこと、書きたくないことを丸ごとここに置いておきたい。

今の私にとって日記を書き続けることは、未来の自分に対する祈りのような行為だ。


星野さんと会うため松本市へ向かった。日記本に出てくる川や本屋を巡りながら、この本にまつわる話をじっくり聞いた。そして日記を書き続けるにはどうすればいいと問うと、意外な答えが返ってきた。日記を書きたいあなたへ、すこしだけ立ち止まって読んでみてほしい。

星野文月

作家・文筆家。1993年、長野県富士見町生まれ、松本市在住。文芸誌や、WEBメディア、新聞などでエッセイやコラムを執筆。著書に『私の証明』(百万年書房)、『プールの底から月を見る』(SW)、共著に『取るに足らない大事なこと』(ひとりごと出版)、『もう間もなく仲良し』(BREW BOOKS)がある。

Instagram:@fzk93
X:@fuzukidesu1
HP:https://www.fuzukihoshino.com/

日記を書くことで
自分くらいはつらさに寄り添ってあげたい

fade-image

――星野さんはいつ頃から日記を書いていますか?

しんどいなという期間があるとワーっと書いて、書かなくても大丈夫になればシューっと書かなくなります。初めて出版した『私の証明』の日記も気がつけば書いていたような感じで。小さいころから日記を毎日書き続けているわけでもないんですよ。

――そうなんですね。日記は毎日書くものだと思っていたので、意外でした。今の話を聞いていると、楽しいときではなくつらいときに記すものですか?

どちらかと言えばそうですね。つらいときほど何が起きているのか、自分でもよく理解できないと思うことがあります。まずは気持ちを整理したいし、せめて自分くらいはそのことに寄り添ってあげたくて、日記を書いていますね。

fade-image

――今回の日記本『不確かな日々』は、もともと書いていた日記を書き換えていますか?

編集作業にかなり時間をかけていて、トータルで5回くらい書き換えているかも。最初に書いていた日記を読み返してみたら、あまりにも感情が乗りすぎていて……。そのままでは人が読んだときに苦しく感じると思ったんです。

――それで何度も編集していく作業が加わったのですね。

はい。悲しいことはもちろん悲しいのですが、編集の作業によってその根底にあるもっと自分の深い部分を見つめました。出来事に対して、どうしてそういう気持ちになったのかをもう一段階掘る。そうすると起きたことは同じでも、だんだん自分にとって新しい事実が浮かんでくるんです。

fade-image

――編集作業が加わっていても、それは日記だと呼べますか?

日付が書いてあればそれはすべて日記と呼べると思いますよ! そこに作為があってもなくても、日記なんです。ありのまま書いたからいいとも限らないし、読まれることを前提に編集されている日記も面白いと感じます。

fade-image

――パーソナルな日記を外に出すのは、何のためでしょうか?

自分の書いたものを通して、人と繋がりたいと思っているからだと思います。個人的なことを突き詰めて書いていくと、普遍性を持つと思っていて。

読んでもらって共感したと言っていただけると、自分の経験は無駄ではなかったし、相手の話も聞いてみたいと思います。もちろん自分の気持ちを消化したいということもありますが、その先にまだ出会っていない誰かと繋がりたい気持ちがあるのかも。

fade-image

――今回の日記本を読む人に、何を伝えたいですか?

この本を読む人は、作中で書かれている時間と同じ時間を絶対に生きています。本を読んで、自分はこのとき何をしていただろうと思ってくれたら嬉しいなと思っています。みんながこの時間を生きていたと思うと、自分のことも、他人のことも、ちょっと愛おしくなれる瞬間があります。

誰にも読まれたくない日記と誰かとシェアする日記

――星野さんの日記は、書籍化する前提で書くのでしょうか?

今回はどこかの時点から「これは本にするぞ」と思っていました。今は人に読まれてもいい日記と、誰にも読まれたくない日記と2パターンあります。それは全然違う内容になっていますね。

fade-image

――誰にも読まれたくない日記はどんなふうに書いていますか?

手書きでノートに書いています。あまりにもごちゃごちゃで人には見せられません(笑)。その日記は、気持ちの整理になる以前、こんなことがつらくて困ったなあとか不安だよ~とかそういうことを記しています。

――誰かに読まれる日記も同じく手書きですか?

そっちはパソコンで書いていて、それで完全に分けられている感じですね。今、「日記に集う日」というイベントを企画していて、それに向けて今月あったことを何日か書こうかなというときは、パソコンで書きます。自分に起きた出来事や感情を、誰かにシェアするような感覚です。

fade-image

――いつも決まった場所で書いていますか?

割とバラバラかもしれません。誰にも見せない日記は基本的に家で書きますが、あまりにもつらいことが多い時期は電車の中でもカフェでも、どこでもノートを持ち歩いて書いています。気持ちを何かに吐き出さないとそわそわしちゃう。

――日記は感情の捌け口なんですね。毎日決まって書く人もいれば、1週間まとめて書くような人もいると思うのですが、星野さんはどういうスタイルですか?

すごくしんどい時期は、毎日絶対に何かを書かないと気が済まないです。今日感じたことを今日出しておかないと、という焦燥感があって。

fade-image

――書かないと消えていっちゃう感覚でしょうか。

数日経つと、覚えておきたいことも記憶の中で曖昧になって、覚えておきたいと思ったことすら忘れてしまうので……。人はどんどん忘れていっちゃうから。

――覚えておきたくても忘れてしまいますよね。でも言葉に残すことで、大事な感情が溢れていく気がするんです。星野さんは悲しいことをそのまま残しておくことをどのように捉えていますか?

私はつらいときの方が自分の言葉が研ぎ澄まされる感覚があって。望んでいる/いないに関わらず、自分の言葉が生きる瞬間ってあると思うんです。

fade-image

これまで出版してきた本も、明るい出来事についてはあまり書いていなくて。つらい経験や苦しいことを、自分なりに咀嚼して、どうにか表現しようとするときに自分の言葉が光る感覚がある。

もちろん、大変な思いはなるべくしたくないですが、つらいときほど、私の言葉にエネルギーが満ちている気がします。

どんどん人は変化するということを日記を書いて理解できた

fade-image

――これまで日記を書いてきて、何がよかったですか?

うまくいかなかった日々のことが、なかったことにならなかったこと。それから、いい日もうまくいかない日も両方あると認識できることですかね。

――具体的に20代から日記を書いていますよね。30代になって、日記を書く上での変化はありますか?

本当に自分はどんどん変わっていくんだなと理解できたことが、最も大きな変化だと思います。20代前半の頃は、変わることが怖かった。それに、この悲しみを絶対に忘れたくない、全部取っておきたいという気持ちで書いていました。今は、それより淡々と流れていく日々に身を任せていたいと思いますね。

fade-image

――人は変わっていきますよね。

本当に、本を書くたびにどんどん自分が新しく変わっていく気がします。そのより詳細な積み重ねが、日記だと思います。1ヶ月前に書いたことも、全然今は思わないこともありますし。決意みたいなこともすっかり忘れていたり(笑)。

自分がどんどん変化していくものだということを、とても理解できるようになったし、それでいいかと思えています。

自分の気持ちを素直に言える相手それが日記でもいい

fade-image

――ここからは日記を書くためのレッスンとして、お話しを伺いたいなと思います。まず、日記を書くために必要なことはありますか? 

まずは、続けようと別に思わないこと。

――えっ、続けなくていいんですね!

たとえば、毎日書いて自分のメンタルを定点観測したいとかなら続けたほうがいいと思いますよ。でも、私のように感情を整理したり、日常の中から書きたいことを見つけて表現へつなげることが目的の場合、無理に続けることを意識しなくていいんです。

fade-image

――続けようと思うからストレスになっちゃう気もします。

そう、タスクみたいになっちゃいますよね。それこそ写真だけでも立派な日記。日記は日付が入っていれば多義的なものだと思うので。日記というものの懐の深さを再解釈してもいいのかなと。自由に自分の気持ちを話せる相手のように、身近に捉えてほしいです。

Slide 1
Slide 0
Slide 1
Slide 0

――日記に決まった形式はないんですね。

はい。松本市にあるセレクトショップ〈Susan Unique Market〉の店主·ナミコさんの日記には衝撃を受けました。初めてお店に行った日に日記を見せてくれて。逆さ文字で日記を書いていて、編んだり、刺繍したり、コラージュしたり……。こんなに日記は自由でいいんだと思いました。

Slide 1
Slide 0
Slide 1
Slide 0

初めて日記を書く人へ

fade-image

――初めて日記を書く人に、どういうふうに書くのをおすすめしますか?

とりあえず1週間書いてみると、自分が日常の中で何を見ているのかという視点に気づくことができると思います。まずはパソコンやスマホで1週間分の日付だけ書いてみて、そこに何か出来事や感じたことなどのテキストを書くとやりやすいかもしれません。

――まずは日付を設定する。

ドキュメントを作って、日付を書いておけば、何かを書かなきゃという気持ちになって書くと思います。でも無理に毎日埋めなくてもいいんですよ。書けないなら書けないなりの理由があるから。気が進まないとか、忙しいとか。そこを空欄にしているのもきっと面白いです。

fade-image

――出来事を連ねるだけでも、十分日記ですもんね。

そうです。朝から夜まで、私たちの日々にはさまざまなことが起きていますから。それ自体がとても面白い。

私のおばあちゃんが5年日記をつけていて、出来事だけ書いているんですね。温泉に行った、病院に行った、茄子を収穫したとか……。おばあちゃんの家に行くと私はその日記を読むのですが、おばあちゃんの訥々とした日々が面白く感じます。私は誰かが生きている気配を、日記という手段で感じたいのかもしれない。

Slide 1
Slide 0
Slide 1
Slide 0

――些細な出来事も、瑞々しい記録になりますね。星野さんは日記を書くことでどんな効果が得られますか? 

自分の思考を取り戻すための時間が得られると思います。書くことは自分との対話の時間だと思うので。

Slide 1
Slide 0
Slide 1
Slide 0

――星野さんの好きな日記本はありますか?

たくさんあります! 3人の交換日記をまとめた『友達になるかは迷った』は、3人の距離感が絶妙で。近いのか遠いのかわからない距離感の中で交わされる言葉たちがやけにリアルなのは、日記という限りなく個人の日常に結びついているものを交換しているからなのかなと。

fade-image

小指さんの『奇跡のような平凡な一日』は、自身の本が出版されるまでの日記本で、今の私の心境と似ていて。彼女が書く文章はどれも血が通っていて好きです。

fade-image

中村季節さんの『大工日記』は、ご実家の家業である大工を実際にやってみたという記録。イラストもあって読みやすいです。例えば、本当は定食屋に入りたいけれど汚れた作業着で入るのは憚られるから今日もコンビニ飯、という日記の一文があります。普段知らない職業の人の葛藤が垣間見えるのがおもしろいなと思いました。

――日記本のどういうところに惹かれますか?

日常にすごく密接に結びついていて、何を食べたとか、どこにいるとか、そのリアリティが急に迫ってくる感じがあって。書き手のことを全然知らないはずなのに、読んでいるうちに作者の日々に並走している気持ちになります。その距離感が、小説やエッセイとは異なる気がします。

fade-image

――日記を書きたい人が日記本を読むのもおすすめですか?

まず自分で日記を書いてみると、他の人がどんな日記を書いているのか気になってきます。それで日記本をひらいてみると、それぞれの日常があり、人によって全然ちがう書き方をしているので、よりおもしろく読むことができると思います。

日記を書いてみたいと思っている人こそ、日記本にぜひ触れてみてほしいです。

Text & Edit:久保泉
Photo:神岡真拓

author's articles
author's articles

author
https://d22ci7zvokjsqt.cloudfront.net/wp-content/uploads/2025/02/ぼくいずみ.jpg

文筆家・編集者
久保泉

詩を書き、物語をつくる編集者。1994年生まれ、長崎の海が見える街で育つ。ブックレーベル「bundle」編集、演劇プロジェクト「aizu」主宰。好きなものは、光と花束とスパゲッティ。
more article
media
Rachel、24時間デジタルデトックス
ウェルネス
date 2025/07/12