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自由度が高い、だから愛着が湧く

第3世代のルノー「カングー」は“余白”のあるクルマだった

author: 田中 謙太朗date: 2023/04/20

クルマには“余白”という魅力の考え方がある。「あるモノに愛着を深めるように変えられるスペースがあるか、そしてそのスペースが使いやすく設計されているかどうか」という意味らしい。馬力でもトルクでもない、数字には変換できない指標があることに最初は少し戸惑ったが、確かに新型ルノー「カングー」は愛着の湧くクルマ、そしてそれをもっと深めることのできる“余白のクルマ”と呼ぶべきものだった。


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まず最初に、正直に告白しなければならないことがある。僕は今回の試乗会以前、「カングー」というクルマを知らなかった。浅薄な知識を恥じなければならないものの、25周年を迎えるという年季の入りようとは対比して、僕にとっての「カングー」は先代までを知る人たちとは異なって非常に新鮮なものだった。

今回のモデルチェンジで3世代目を迎えることになる「カングー」のファースト・モデルが日本に上陸した年度に生まれた筆者にとって、ルノーといえばF1チームのイメージだ。まだまだクラッシュなどのどんでん返しがままあるF1の時代だった2006年に、モナコGPを見に行ったことがある。その前年に最年少タイトルを獲得し、2006年も含めて連覇することになるフェルナンド・アロンソのモナコ初制覇となるレースだった。

筆者にとってのアロンソはフェラーリの「赤」でもマクラーレンの「黄色」でもなく「青いアロンソ」だったのだ。いつの時代も強いから応援したくなるフェラーリ、日本のチームだから応援したくなるホンダとは少し違う理由で「小さな頃に強かったチーム」として注目したくなるチームのひとつであり続けていた。

そのような背景があって、「“F1の会社”の手がけるライトバンってどんなものだろう」と思いながら、いそいそといつものデスクトップリサーチを進める。

ルノー「カングー」は商用車(Light Commercial Vehicle。以下、LCV)の流れを汲むフルゴネット(フランス語でライトバンの意味)だ。ルノーの本国であるフランスを含む欧州では郵便配達車として知られており、いわば“働くクルマ”という認識だ。

しかし、本国周辺でのそんな認識とは裏腹に、毎年秋頃の富士山麓にてファンミーティングである「ングー・ジャンボリー」が開催されるように、日本におけるルノー「カングー」は他国での存在感とは異なる色彩を放つ。

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2022年10月に開催されたカングージャンボリー。コロナ禍の影響により、対面開催は3年ぶり

ファンミーティングが開催されるほどの異様な売れ具合は日本特有の現象だそうで、本国としても首をかしげるばかりなり、といった具合だそう。今回のフルモデルチェンジでは、日本限定モデルとなるブラックバンパー仕様もラインナップされるなど、日本のユーザーにとっての「カングー」が特別な存在であると同時に、「カングー」にとっても日本のユーザーは特別な存在となっているのだ。

今回、2023年3月2日より日本で発売が開始された第3世代「カングー」の仕様は今時のクルマに珍しく、スポーティだとかラグジュアリーといった用途別の分類ではない。「ゼン」と名付けられたエントリーモデルに加えて、ガソリン/ディーゼルというパワートレーンとボディカラーの選択肢、そしてブラックバンパーの有無で決まる。ボディ同色バンパーの「インテンス」とブラックバンパーの「クレアティフ」を基本モデルとして、「インテンス」で選択できるボディカラー(ブラウン テラコッタMなど)とブラックバンパーを持ち合わせたモデルが「プルミエール エディション」となっている。

筆者を待ち構えていたルノー「カングー」は、先代までとは異なるシャープな印象を与えるエクステリアを携えていた。第2世代までは強くカーブを描いていたフロントガラスは緩い角度の直線の形式になったため、先代まではグランドピアノの低音域部分の造形のようにグッと張り出していたフロントマスク部分に至るシルエットは自然な形を描くようになった。

初代から続いた丸みがかったヘッドランプが切れ長に変化していることなどを含めて、これまでの可愛らしいイメージから一気に、よりクルマらしいエクステリアデザインへと変身を遂げている。

大容量化の傾向がある最近の車事情の例に漏れず、全長が210mm、全幅が30mmと、全幅が155mm拡大したことで「デカングー」なんて呼ばれた2代目カングーよりも拡大している。ただし、最小回転半径は5.6mと、0.2mの増加に留まり、数字上の特別な値とはいえないが、アイポイントの高さを考えると取り回しには苦労しない範囲といえるだろう。

リアエンドに回ってみよう。代々「カングー」のトレードマークとして好評を博したダブルバックドアも健在だ。

LCVから流れを汲む「カングー」の初代から続くダブルバックドア
バックドアを閉じた様子

いわゆる「観音開き」になる特徴的なルックスに加えて、車体の真ん中で開閉するため、比較的狭い空間での取り回しに優れている。パワーアシストはついていないものの、比較対象となるSUVで主流なハッチバック形式と比べて重いバックドアを持ち上げる必要がないため、より小さな力で動作を制御することができるというのもポイントが高い。モーターじかけのアシストシステムを採用せずトラディショナルな形式としながらも、背丈やパワーなどの個人の属性によらない使い勝手を実現している。

圧倒的な容量を誇るラゲッジスペースにも注目だ。5名乗車時で775L、2名乗車時には2800Lへと拡大する。2名乗車時で775L以上のスペースを持つのは、このクルマよりも200mm前後長いミニバンタイプの車種がほとんどで、全長4500mm以内という扱いやすさを考えると、他に類を見ない数字である。

2名乗車時のラゲッジスペースの様子。驚きの2800L

LCVの流れを汲む「カングー」のラゲッジスペースのインパクトは数字上のそれだけではない。左右のホイールスペースがほとんどないため、数字通りの横幅をデッドスペースなく使えることも特徴的だ。また、ラゲッジスペースの床高が594mmと低く、リアエンドと荷室床の間に緩いスロープが設けられているので、最小限の力で荷室への積み込みを行うことができるのも、人を選ばない使い勝手に繋がっている。

5名乗車時の荷室の様子。最大容量775L

さて、鑑賞会に幕を下ろし、シートに乗り込んでみよう。176cmと日本人の平均より少々大柄な筆者だが、そこは欧州の屈強な仕事人たちが乗るクルマ、座面全体でしっかりと受け止めてくれる。

フロントシートは90度まで開くことが可能。スライドドアとなるリアシートの開口部は615mm。スペースに余裕のある乗降を実現している

チルト/テレスコピック機能によるステアリングの位置調整で快適な位置を探すことができるのはもちろんのこと、エンジンのスタート/ストップボタンもステアリングのすぐ左とわかりやすく、シフトレバーは力を込めずとも切り替えができるのは嬉しいところだ。

注文をつけるならば、パーキングブレーキを切り替えるボタンがシフトレバーよりも助手席側にあることや、切り替え時のランプの点滅の応答に時間がかかる点だろう。筆者のようにせっかちな割に心配性な部類のドライバーの場合、このボタンへの適応に少し苦労するかもしれない。

ストレスフリーなディーゼルエディション、ドライブ感の強いガソリンエディション

今回の試乗会ではディーゼル、ガソリンと、ラインナップされているふたつのパワートレーンを試す機会を得た。まずはディーゼルを連れ出す。

クリーンディーゼルの登場以降、大気汚染につながる排気ガスの削減は進んでいるものの、ディーゼル車というとどうしても「揺れる・うるさい・ガスが出る」というイメージが先行してしまう。筆者もそれなりの覚悟をしてエンジンをかけてペダルに力を入れたものの、案外と静粛な走り出しには驚いた。どうやらダッシュボードの3層構造の遮音材が効いているようで、きちんと路面からの音が聞こえてくるわけである。

こういったディーゼル前提の設計はフランス車ならではといったところだろう。ただ、やはり1500rpmあたりからは遮音が効きづらくなってくるようで、中低速走行から高速走行へ移行する加速の際などはエンジンの音がダッシュボードを抜けてくる点は書き留めておかなければなるまい。

ディーゼルターボエンジン特有の厚みのあるトルクによって、初動から押し上げるように加速するのもポイントだ。加えてペダルの踏み込み具合に連動した加速ゆえに、余計な気を張る必要がなくストレスのないドライブを実現している。

試乗会場から下道を抜けて高速道路に差し掛かる。高さのあるスクエアな車体ながら、比較的長めなホイールベースを持つクルマらしく直線での安定性が高く、ホイールが路面をがっちりと掴んでいるようなフィーリングだ。車線変更などで大きくハンドルを切っても安定しており、操舵感を失わないようにロールを許すものの、高速走行でも危なげなく収束する。

また、ふたつほどゲージの減った時点でディスタンス・トゥ・ゴーは620kmと、圧縮比がガソリン車の1.5倍程度ながらターボエンジンとしては高い燃費を実現しているようだ。

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ルノー「カングー インテンス」ブラウン テラコッタM パワートレーン:ディーゼルエンジン 主要諸元:全長/全幅/全高:4490/1860/1810mm、ホイールベース:2715mm、車両重量:1650kg、駆動方式:FF、最高出力/最高トルク:85kW(116ps)/270N・m(27.5kgm)、WLTCモード燃費:17.3km/L、本体価格:419万円

普段は運転席からの情報ばかり伝えることになってしまうが、「カングー」は運転だけを楽しむクルマというわけでもないためリアシートの具合にも触れておきたい。ドライブシャフトが必要ないFFのクルマらしく、足元はフラットに作られており、その広さも申し分ない。

フロントシートと同じようにしっかりと受け止めてくれるリアシートに腰を落ち着けて前を向くと、フロントガラス越しの見晴らしが目に飛び込んでくる。ピラーの傾きが抑えられているため、採光性が高く車幅や車高から想定される以上の情報が入ってくるのだ。新たなプラットフォームを利用した影響からか、フロントの旋回にピッタリとくっついている印象である。路面からのインフォメーションも豊かで、後ろに乗っても前に乗っても“楽しいクルマ”だった。

リアシートからの景色
ディーゼルエンジン版の「カングー」に使用される、コモンレール式1.5リッター直列4気筒直噴ディーゼルターボエンジン

ガソリン車のターンが回ってきた。

エンジンに火をつけた後、ペダルを踏み込むとエンジンルームからの小気味の良い音に気づく。中速域から高速域でのアクセルペダルの応答性も高く、ドライブの手応えをより強く感じる仕様だ。

ガソリン・ディーゼルを問わず搭載されているマニュアルモードに移行すると、また新たな感覚を得ることができる。マニュアルに切り替えてペダルを踏み込んで徐々に回転数をあげていくと、ペダルとハンドルからドライバーを中心に加速フィールが伝わってくる。同乗者に聞いてみたところ、室内は思ったほどの音の響きではないため、気持ちよく回しながらも同乗者の快適性も担保されているようである。

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ルノー「カングー クレアティフ」ジョン アグリュム パワートレーン:ガソリンエンジン 主要諸元:全長/全幅/全高:4490/1860/1810mm、ホイールベース:2715mm、車両重量:1560kg、駆動方式:FF、最高出力/最高トルク:96kW(130ps)/240N・m(24.5kgm)、WLTCモード燃費:15.3km/L、本体価格:395万円

ガソリンエンジン版の「カングー」に使用される、1.3リッター直列4気筒16バルブ直噴ガソリンターボエンジン

商用車ならではの厳しい耐久テストに合格した車両そのものの堅牢性に加え、アシストシステムが充実したことも先代と比較して大きな進歩だ。車線維持支援システムやアダプティブクルーズコントロールによる車両間隔制御など、最近のクルマでは標準装備化しつつあるADASも取り揃えている。

大きく見やすいミラーにも好印象だ

カングーのユーザーを繋ぐ、#withkangoo

シンプルな内外装やパワートレーンとボディ/バンパーカラーの選択肢のみのグレードなど、最近のクルマとして考えると珍しく、放任主義的なところがあるのが「カングー」の特徴だ。しかし、それは運転性能や安全性能などの地力に自信があるからこそのあえての“余白”である。

ルノーの担当者は「カングー」の提供する価値について、次のように語っている。

「本来、クルマくらいの大きさや価格のものになると、その理由を説明するために一つひとつのパーツに意味づけをしがちです。しかし、カングーではあえて余白となる自由度を設けることで、愛着のあるクルマへデザインできる自由度を残しています」

そして、“余白”が生み出した新たな価値として紹介してくれたのが、SNSのハッシュタグ、「#withkangoo」だ。Instagram上にて、5.8万件以上の投稿のあるこのハッシュタグでは、ディーラーやルノー公式などの“売る側”だけではなく “使う側”であるオーナーたちによる投稿が活発に行われている。

買って終わり、売って終わり、という一方通行な考え方ではなく、「人生全体で関わることのできるクルマ」という考え方は、2009年よりルノー・デザインを率いるローレンス・ヴァン・デン・アッカー氏の提唱したデザイン・アイデアの中心に位置する「サイクル・オブ・ライフ」に近いものを感じる。

独創性を重視したデザイン・アイデアを牽引した先代のチーフデザイナーであるパトリック・ル・ケマン氏とは異なり、ヴァン・デン・アッカー氏が取り組むのはブランドのデザイン基調の確立であり、そのデザイン基調の根底にあるものこそが「サイクル・オブ・ライフ」なのだ。フランス本国から1万km離れた極東のこの地で、ルノー・デザインの真髄が花開く日もほど近いのかもしれない。

Photo:村山世織

製品貸与:ルノー

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ライター
田中 謙太朗

2001年東京生まれ。早稲田大学在学中。共同通信社主催の学生記者プログラムに参加したことをきっかけに執筆を開始。その後、パナソニックのイベントへの登壇など、記者としての活動と並行して、英自動車雑誌『Octane』の日本版にて翻訳に携わる。主専攻である土木工学に関連したまちづくりやモビリティに加えて、副専攻に関係するサスティナビリティに関する話題など、これからの時代を動かすトピックにアンテナを張る。
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