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故きを温め、名車を駆る

クラシックカーで岡山名所を駆け巡る

author: 田中 謙太朗date: 2022/07/04

2022年4月2日と3日の二日間、岡山県で「Vecchio Bambino 2022 primavera」が開催された。数々の名クラシックカーが出場するラリーイベントの中心には、いつまでも無邪気な大人たちの熱い想いがあった。

春の岡山の名物は岡山城へ続く旭川沿いの桜だけではない。4月の第一土曜日、遠くから聞こえる質感のいいエンジン音とともに往年のクラシックカーたちが颯爽と駆け抜けていく。その勇姿は乗り手の愛を一身に受けていることを、強く主張しているようだった。

12年目、19回を数える「Vecchio Bambino」は、岡山県を舞台としたクラシックカーのラリーイベントだ。参加者は時代を代表する名車とともに県内の歴史遺産や観光名所を訪れ、その様子が新聞やテレビなどの県内メディアによって多くの人の目に触れることで、地元の人々にも愛されるイベントとなっている。

実行委員長の石井春三さんはこのイベントを「子ども心を持った大人の大会」と評する。これはイベント名の“Vecchio”が「歳を重ねた」、“Bambino”が「子ども」を表すイタリア語であることからきている。この大会の目的について、主宰の須々木雄一さんは次のように語る。

「Vecchio Bambinoのメインテーマは地域おこしと心の交流、そしてチャリティです。普段は懸命に働く大人たちが、子どもの頃に夢見た名車で遊ぶことによって生まれるものを社会に還元する。それがこのイベントの根本の目的です。そして、最終的には日本一カジュアルで日本一クラシカルなイベントにしたいと考えています」

自動車ジャーナリストの川端由美さんは参加者として、このイベントの意義をこのように表現した。

「私が自動車に興味を持ったひとつの理由は、近所にフォードを持っているお兄さんがいたことでした。名車を持つカッコいい大人が身近にいるのは、子どもにとって夢のあることです」

ラリーは二日間に分かれる。一日目は岡山縣護国神社から岡山城下を抜け、県北の高原部を回り岡山市天然記念物の井倉洞を抜けて、瀬戸大橋を望む、せとうち児島ホテルがゴールとなる。自然風景が記憶に残る一日目とは対象的に、二日目は県南の市街地を回る。中でも倉敷美観地区は倉敷市における歴史的景観を色濃く残したエリアであり、当イベント限定で車での進入が許可されている。

何よりも目を見張るべきこと、そして他のラリーイベントとの決定的な違いは参加者と訪れる先々の人々との交流だろう。行く先々で、老若男女の区別なく沿道が人で溢れかえる様は、まるで街のヒーローの凱旋式のようだった。

参加者の一人は「クラシックカーに乗ること自体は、いわば“金持ちの道楽”かも知れません。しかし、それが人を笑顔にしたり、子どもたちの夢になるんです。自分たちが何かを与えられるという感覚は本当に楽しいものです」と語った。

矢掛町に訪れた車列を迎える町民の方々。老若男女問わずに道沿いには人だかりができる。

ラリーでは、競技としてPC競技(Prove Cronometrateの略。決められた区間を決められた時間に近く走行する競技)と、チェックポイントに到達する時間の正確さが競われ、ポイントが割り振られる。Eクラス、Cクラス、Vクラス(それぞれ、Exotic, Classic, Vintageの頭文字)の年代ごとに分かれたクラスごとに10人が表彰される。

各クラスの3位までの入賞者には瓢箪型のトロフィーが進呈され、Vクラスの1位を獲得した荒川隆志・荒川美恵子ペアには副賞としてシャンパーニュの著名なメゾンであるボランジェから、ヴィンテージのラ・グランダネ2012やOctane日本版年間購読権などが進呈された。

Vクラス1位に進呈される副賞。瓢箪形のトロフィーやラ・グランダネ2012をはじめ007コラボグッズなどファン垂涎の品も。

 “Vecchio Bambino”にはさまざまな世代から参加者が集まり、30代の若いドライバーも参加している。クラシックカーというと、どことなく高価な雰囲気があり、若い世代としては手を出しにくい印象があるが実際はどうなのだろうか。フィアット・チンクエチェントのレストアを手がけているジャーナリストの西川淳さんは次のように語った。

「チンクエチェントはそれ自体が素晴らしい車ですが、そこに伝統工芸技術などによるテーラーメイド・レストアを行うことで、クラシックカーとして重要なストーリー性のある車体に仕上げています。価格としては500万円くらいを基準として、内装と外装に自分好みのテイストを加えられます」

写真:タナカヒデヒロ
写真:タナカヒデヒロ

車離れが叫ばれる若い世代に対して、須々木さんは次のように語りかける。

「まずは車に乗ってみてください。クラシックカーは残す価値のあるものですから、価値が分かる人たちが自然と周りに集まります。そうすると、それが繋がりになる。買って終わりのものではないことを知ってほしいです」

フランスの自動車史の中に燦然と輝くシムカ社の1938年製 SIMCA8 SPORT BARQUETTEも出走。

クラシックカーイベントであるものの、決して「金持ちの見せびらかしの場」ではない。チャリティとしてオークションの実施を行っている。「このイベントに参加できる人は、あらゆる意味で恵まれた大人なんです。だから、チャリティをやって当たり前。現代に残されたノブレス・オブリージュです」と須々木さん。チャリティオークションの売り上げは135万円を数え、西日本豪雨災害支援金として寄付される。

クラシックとは原義では「最高級の」という意味だ。現在では「古典的」という側面が強調されているが、実際には階級の最高位という意味がある。最高のものを追い求めるという、終わりのない戦いに身を投じることこそが“Bambino”(=「子ども心を持つ」)の真の意味なのだ。

クラシックを理解しようとすることは自らをクラシックに近づけるということだ。その理解のきっかけとして、もしくはモチベーションとして“Vecchio Bambino”は大きな役割を果たすだろう。

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ライター
田中 謙太朗

2001年東京生まれ。早稲田大学在学中。共同通信社主催の学生記者プログラムに参加したことをきっかけに執筆を開始。その後、パナソニックのイベントへの登壇など、記者としての活動と並行して、英自動車雑誌『Octane』の日本版にて翻訳に携わる。主専攻である土木工学に関連したまちづくりやモビリティに加えて、副専攻に関係するサスティナビリティに関する話題など、これからの時代を動かすトピックにアンテナを張る。
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