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「志」を旗頭に、新たな価値を量産する

仕事も遊びも混じり合う世界

author: 長島 聡date: 2022/04/19

大学生の頃は、遊んでばかりいた。高校生の頃までは、周囲から「学生は勉強するのが仕事」といった言葉も聞こえていたが、大学生ではサークル活動やその日思いついた事などに忙殺されていた。車にもよく乗っていた。というより、トランクに着替えなどを積んでおき、先輩の家か、銭湯か、コインランドリーに行って、家にもあまり帰らない日々が続いていた。もちろんスマホは無かったので、何事も予定通りには行かない。行き当たりばったりの暮らしをしていたような気がする。

当時は、仕事といえばバイトだった。会場設営、市場価格調査、交通量調査、引越しなどが定番のバイトだ。仕事内容は非常に簡単なものが多かった。「社員さん」がテキパキと指示をくれて、その通りに丁寧に仕事をしていれば、問題なく完了できる。「社員さん」の働きをみて、「勘所やコツを押さえる」とはこういうことを言うんだなと感心したことも多かった。思い出すと、同じバイトを続けることはあまりしなかった。この前は引っ越しをやったから、今度は会場設営だ。とにかくいろいろ経験をするのが好きだったと思う。

その結果、大学から大学院までの間に、何十種類ものバイトをやったと思う。どの現場でも凄腕の「社員さん」がいたわけではなかったが、多種多様な「勘所やコツ」に触れることができた。大きな重いものは、腰のベルトに載せて運ぶと一人でも運べる。これは今でも鮮明に覚えている。ダンボールに入ったエアコンの室外機を自分でも運べた時にはなんとも嬉しかった。こんな具合なので、触れてきたものはそんなたいした「勘所やコツ」ではなかったが、頭では想像し得ないものを実体験できたのは貴重な経験だと思う。

その頃から、マンネリを避け、常に新しい刺激を求めていた。お金を稼ぐというよりも、今日はどんな現場かなと考えるのが楽しかった。バイトは仕事ではなく、遊び感覚でやっていたのだ。いま思うと雇い主に申し訳ない感覚もあるが、時間を守らなかったわけでも、雑に仕事をしたわけでもなかった。物覚えも良かったし、戦力にはなっていたと信じている。でも、せっかく教えたのに次は来ないのか。こんなことを感じていた「社員さん」はいたのかもしれない。

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こうしたバイトの記憶はかなり鮮明にあるが、当時の遊びの記憶はあまり思い出せない。ボーリング、麻雀は仲間がいれば、パソコンは研究の延長でひまつぶしのゲームをやるくらい。あ、飲み会とカラオケが多かった。大学の周辺には宴会パックなる深夜までカラオケを歌いまくれる場所もあった。同じことの繰り返しだった気がする。こうした遊びは、バイトとは明らかに質が違った。ただただ時間を消費しているのが楽しかったのだと思う。お酒が強くなり、夜が強くなり、仲間との絆が強くなったのは、後に役立った。

その後何年か、研究が主体の生活が続いた。研究が仕事だった。でも、ここでもひとつの物事を突き詰めるといったスタイルにはならなかった。ぐっと入り込むには入り込むが、勘所を掴むと満足をしてしまう自分がいた。まだ何かありそうだなと感じるまでは続けるが、その感覚が無くなるとそのテーマから離れていった。そして、周りの人がやっている面白そうなテーマに惹かれていった。特に、他の人が書いていた博士論文には興味が沸いた。いつの間にか混ぜてもらい、色々なものに触れて楽しんでいたと思う。

経営コンサルティング会社に入社したのはその後すぐだった。1〜2年もしないうちに、刺激的な日々が過ごせるようになった。なにせ、1〜2ヶ月毎にプロジェクトという分野もテーマも異なる刺激が自動的にやってくるのだ。しかも、かなりのプレッシャーもついてくる。クライアントからのお題にプロフェッショナルとして答える。これが仕事だったからだ。でも、これまでのバイトや研究で得た「勘所やコツ」が活きているのがすぐに分かった。それまでのプロジェクトの経験も役立つのを感じられた。

あ、仕事と遊びは混ざり合うんだ。そんな風に思えた瞬間だった。もちろん、お金を頂くのは仕事、頂かないのは仕事ではない。こんな定義も頭にチラついていたが、とはいえお金を頂かないから手を抜くということもなかった。あるとすれば、どのくらい時間をかけられるかだ。お金を頂かない事は、より一層集中して短時間でやる。その時間内で精一杯の答えを見つける。そんな感じだ。でも、そうした事にも積極的に絡むようにしている自分がいる。どこかで新たな勘所が見つかると信じているのだと思う。

要するに、「新たな価値を生むために役立つ勘所」を常に探しているのだと思う。バイトだろうが、研究だろうが、仕事だろうが、お金を頂かないボランティアだろうが、どれも同じだ。それぞれ現場こそ違うが、抽象度を少しだけ上げれば、互いに活かせる勘所、つまりは知恵を抽出できると考えているのだ。まったく異なる現場やテーマで見つけた勘所を、色々なところで活用するのが好きなのだと思う。異なるからこそ、新たな価値に生み出すのに役立つと考えている。

ふと、仕事という言葉の定義を思い出した。大学の物理の時間で使っていた定義だ。「力が働いて物体を動かしたとき、その力と動かした距離との積」である。この定義を日常に照らすと、仕事とは、「何らかの事柄に何かをすることで、明確な変化を起こす。その変化の大きさが仕事の大きさである」と捉えられる。社会人にとっての仕事は、何が目的だろうか。どんな変化を起こしたいのだろうか。やはり、豊かで優しい社会に何らかの形で貢献することだと思う。ならば仕事とは、その貢献の大きさということになる。

今の世の中、遊びも、いわゆる仕事も、そして日常のあらゆる活動も、すべてが混ざり合っている。意識して活動すれば、すべてが豊かで優しい社会の一部になると思う。変化に貢献できる。もちろん、「お金を頂く、頂かない」という線引きは、資本主義社会で人が暮らしていく上で、重要な意味を持つ。でも、貢献すれば、どんどん貢献すれば、お金はついてくる。必ず頂けるようになる。そんな感覚でまずは突き進むことが大事だ。技は多様になり、仲間も増え、障害も乗り越えられるようになる。よりお金が回ってくるようになると思う。まだ十分に証明できていないが、感覚はある。これからも続けて正しさを証明していきたい。

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きづきアーキテクト代表
長島 聡

早稲田大学理工学部にて材料工学を専攻し、各務記念材料技術研究所(旧・材料技術研究所)にて助手として、研究に携わるとともに教鞭も執る。欧州最大の戦略コンサルティング・ファームであるローランド・ベルガーに参画し、東京オフィス代表、グローバル共同代表を務める。2020年には、きづきアーキテクトを設立。「志を旗頭に得意技を集め、新たな価値を量産する」をコンセプトに、共創を梃子にした事業創出の加速化を目指す。経済産業省、中小企業政策審議会専門委員など政府関係委員を歴任。スタートアップ企業、中小企業のアドバイザー、産業構造審議会 グリーンイノベーションプロジェクト WG3 産業構造転換分野 委員、Digital Architecture Design Center アドバイザリーボード、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科特任教授などを務める。
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