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Race Across the West

砂漠の1,500km自転車レースを走った日本人。その先に見据えるものとは?【前編】

author: 頓所 直人date: 2022/10/17

2022年6月に開催された、アメリカ・カリフォルニア州をスタートする1,500㎞の過酷な自転車レースに一人の日本人が参加した。彼はなぜ、そのようなレースに参加しようと思ったのか。前後編の2回に分けて、勝敗の行方とともにレポートする。

世界一過酷な自転車レースに向けた、大きな第一歩

吐く息よりも空気が熱い。カサカサに乾いた大地が延々と地平線まで続く――。

気温45度、直線道路が100kmも続くアメリカの砂漠のなかを1人の日本人が自転車で走っている。ウルトラロングライドのスペシャリスト・落合佑介(39歳)である。

焼き付けるような日差しのなかを走る落合佑介さん

彼が走っているのは、2022年6月にアメリカで開催されたタイムトライアルレース。アメリカ西海岸カリフォルニア州オーシャンサイドから、内陸のコロラド州デュランゴまでの約1,500kmを競うRace Across the West(通称RAW=ロー)というレースで、コースのうち1,300kmは砂漠地帯という過酷さが際立つ。

カリフォルニア州オーシャンサイドを出発して、内陸のコロラド州デュランゴまで走る<br>©︎RIDE WITH GPS

ライダー単独でのレース参加はできず、サポートカーの用意は必須であり、サポートクルーは水や食料をライダーに渡し、不測の事態に備える。今回はサポートカーに3人のクルーが乗り込んだ。クルーの1人として、僕も同乗して落合さんをサポートする。

RAWでも十分すぎるほどに大変なレースなのだが、実はこのレースは世界一過酷ともいわれるアメリカ大陸を横断する5,000㎞の自転車レース、Race Across America(通称RAAM=ラーム)の出場資格がかかる大会で、2023年にRAAMに出場し、表彰台を目指す落合さんにとって重要なレースなのである。

レーススタートの前日、落合さんにインタビューしたのだが、気負った様子はなく「僕の強みは気持ちを安定させて、少ない睡眠時間で最後まで一定ペースで走ることですから」と、いつものように静かな笑みを浮かべながら話していた。

スタート直前の落合さん。緊張しているのだろうが、表情はいつもと変わらずおだやかだ

これまでも1,000kmを超える彼のロングライドを見てきたが、睡眠時間をしっかりとマネジメントしており、途中で短い睡眠を取るものの、宿に泊まることはなく走り続けていた。もちろん、それは記録を狙うからこその彼独自の走り方であって、決して一般的ではないし、真似するような走り方ではない。ただ、その淡々とした彼の走りは強い――。

圧倒的なロングライドの実力と、その人柄

2021年10月、落合さんは自転車による日本縦断のギネス記録に挑戦し、鹿児島県・佐多岬から北海道・宗谷岬までの約2,600km を136時間30分(=5日16時間30分、それまでの記録から約1日短縮)で完走し、ギネス記録を打ち立てた。また4年に1度フランスで開かれる、ブルベと呼ばれるロングライドイベントの最高峰であるパリ〜ブレスト〜パリ(通称PBP)の2019年大会ではアジア人トップでゴール(1,200kmを48時間28分で完走)している。

2021年10月、自転車による日本縦断ギネス記録を打ち立てた

いずれも大記録なのだが、彼は自転車選手でもなければ、ロングライドを専門に走るプロなどではない。普段はフルタイムで仕事をこなし、家族を大切にするごく普通の勤め人で、物腰のやわらかい優男だ。過去の記録について話すときも、自慢する素振りを見せることはない。

今大会の作戦について聞いたときも、その答えに欲張りなところはなかった。

「1分おきに各選手がスタートしますけど、僕は序盤でまずビリに落っこちると思います。そこから一定ペースで進み、他の選手が休んでいるときに、少しずつ抜いていければいいかなと思ってます」

カリフォルニアまで来ているのだし、すこしは派手なことを言ってもよさそうなものだが、コメントも彼の走りのように淡々としている。とはいえ、この気持ちの安定こそ、落合さんの強さの1つであることは間違いない。

各国から集まるウルトラロングライドの強豪たち

RAW出場のために現地入りしたのは6月10日。LAの空港でレンタカーを借りて、Airbnbで予約した家のあるオーシャンサイドまで2時間ほどのドライブ。翌日11日には、砂漠の気候に慣れるために、オーシャンサイドから内陸に100kmほど入った砂漠へと向かった。

スタート前日、Airbnbで借りた部屋からYouTubeLiveで、直前レポートをするクルー2人と落合さん(左)

気候のいいオーシャンサイドとは同じカリフォルニアながら何もかも違っていた。温度計は華氏106度(41℃)を超え、景色も変わる。植物の樹高は低く、見渡す限り乾いた大地が広がっている。

数時間の練習を終えた落合さんは、「想像以上に暑いですね。鼻の穴とか、ノドの奥が熱で痛みを感じるほど。ボトルの水も予定では1時間に1本交換しようと思ってましたけど、30分ごとに交換しないとすぐにお湯になってしまいますね」と話しながらも、はじめてのアメリカでのライドを楽しんでいるようにも見えた。

スタートは6月14日正午。砂漠練習後の2日間は市街地での練習と休息に充てて、いよいよスタート当日を迎えた。カリフォルニアの抜けるような青空の下、オーシャンサイドの観光スポットとなっている全長約600mある桟橋の下、ビーチに面した道路に大きなスタートゲートが設置されている。たくさんのギャラリーが集まるなか、RAWに出場する各国の選手とサポートクルーも集結している。スタートするライダーを紹介する会場アナウンスが観客を盛り上げ、スタートゲート付近はお祭りムードが漂う。否が応でも興奮は高まる。

スタートゲートが設置されたオーシャンサイドのビーチ沿い。スタートを待つ選手たち

2022年の大会にエントリーしたライダーは23人。その顔ぶれを見ると地元アメリカはもちろん、カナダ、メキシコ、ブラジル、イタリア、スロバキアなど、国籍もさまざまで各国のエンデュランスレースでの優勝経験者やヨーロッパの強豪チームで活躍していた元プロレーサー、ウルトラロングライドのコーチ、さらにはRAWやRAAMの優勝経験者など強者が揃っている。

16番目のスタートとなる落合さんの後方には、彼も出場した2019年のPBPをトップでゴールした選手が控えている。落合さんがスタート前日のインタビューで、今回のレース展開を「スタート後はビリ」と言っていたのは、この顔ぶれが頭にあったからだろう。それでも、「その後、少しずつ抜いていければいい」というのは、これまで10年以上ロングライドを走ってきた彼なりの自信から出た言葉であり、淡々とした口調ながらどこか熱を帯びているように思えた。彼の自転車キャリアを少し振り返ってみたい。

目標が見えなかったときに背中を押したひと言

落合さんがロードバイクに乗り始めたのは、社会人になってからである。滋賀県出身で学生時代はソフトテニスで近畿大会への出場経験もある。ただ、社会人になってからはスポーツから遠ざかるようになり、何か始めたいと思っていた。キッカケは職場の先輩から「片道10kmの通勤だったらこれがいい」とロードバイクをすすめられたからだという。きっかけや入り口なんて、案外その程度なのかもしれない。

「それまでロードには乗ったこともなくて。でも、もともと何かをはじめたらのめり込むタイプなので、自転車にもすぐにはまりました」

ロードバイクに乗っているうちに、遠くまで走っていけることが「旅行」のようで楽しくなり、ブルベにも出会った。ブルベとは「認定」を意味するフランス語であり、同地発祥の歴史ある長距離自転車イベントのことをいう。全世界に走行イベントを主催するクラブがあり、日本でも全国各地の運営団体がブルベを開催している。ブルベはレースではなく、決められたルートを制限時間内に走ることで認定が得られるもので、200km、300㎞、400㎞、600㎞、1,000kmと認定距離が決められており、1,200kmを超えるものもある。

落合さんもブルベをはじめてみると、自分の乗り方にも合っていたようで、走る距離は伸びていき、1,000㎞以上のブルベも完走した。ブルベを走る者にとって、4年に1度、フランスで開催されるPBPは、「いつかは走りたい」と思う憧れのイベントだ。落合さんも2011年に初出場し、いきなり日本人で2番目の早いタイムでゴール、2015年大会でも日本人で2番目のタイムだった。そして、2019年にトップタイムでのゴールとなった。実はこの2019年のPBPでの出来事が、RAAM挑戦のキッカケでもある。

2019年のパリ〜ブレスト〜パリでは、アジア人のトップタイムでゴール

「PBPでは、これ以上は削れないというタイムで走ることができました。走り切ったという気持ちもありながら、ふと『この次、何を目標に走ろう?』って漠然と思うところがありました。そんなときでした、PBPに日本から一緒に行っていた森脇さんから、『じゃあ、RAAMに出たら?』と言われたんです」

森脇さんとは、今回のRAWでのサポートクルーの中心人物であり、落合さんのRAAM出場を支援しているグループ・RPP(ランドナー・プラス・プロジェクト)の発起人である。

RAAMに出るといっても、出場するにはサポートクルーを10人前後集め、サポートカーを3台以上用意し、約3週間はアメリカに滞在するという数々のハードルがある。落合さんも、RAAM出場がいかに大変かは知っていた。

そのうえで、冗談まじりに森脇さんに、「じゃあ、森脇さん連れてってください」と話したところ、その言葉を真正面から受け止めた森脇さんによって、とんとん拍子に事は進み、応援するメンバーが続々と集まり、有志のグループ・RPPも立ち上がり、「落合佑介はRAAMで日本人初となる表彰台を目指します」という目標も掲げられた。

落合さんにも戸惑いはあった。それまで彼にとってのロングライドは一人で走って楽しむものだった。それが突然、大勢のサポートクルーたちを率いて、行ったこともないアメリカで、5,000㎞という未知の距離を未経験のレース形式で走ることになるのである。

それでも、新しいことへ挑戦する楽しさ、なにより5,000㎞という距離は落合さんを惹きつけた。

「それまでに僕が走った一番長いウルトラロングライドは、日本で開催されたTJO(ザ・ジャパニーズ・オデッセイ)の3,800㎞でした。5,000㎞も走れるなんて、チャレンジするには魅力的ですよね」

2019年、TJOに参加し、鹿児島県の桜島を出発し、宿泊なしで長野県まで走ってきた落合さんをキャッチ。1週間近くをほぼサドルで過ごし、牛串に食らいつく雰囲気に野生っぽさが感じられた

当初、2020年にRAWを完走してRAAMの出場権を得て、2021年にRAAM本戦で表彰台を目指す計画でいたが、コロナ禍によって計画は変更となった。それが幸いして、日本縦断ギネス記録のチャレンジではサポートカーをつけて走る練習もできた。コロナが落ち着いてきたこともあり、あらためて目標を定め、2022年にRAW、2023年にRAAMへ出場することになったのである。


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編集者・ライター
頓所 直人

​1976年生まれ、東京都出身。2001年より週刊誌のフリーランス記者としてキャリアスタート。2011年東日本大震災での長期取材を基に集英社ノンフィクション新書より『笑う、避難所』を上梓。2014年頃より企業への取材が増え、現在では経営トップのインタビューも多く経験する。一方、自転車を趣味とし、自転車にまつわるあらゆることに“取材”と称して首を突っ込み、発信している。
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