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執行役員の臼井重雄氏にインタビュー

パナソニックの家電デザインが近年格段に良くなった秘密

author: 東 春樹date: 2022/02/27

ここ数年、パナソニックが輩出する家電のデザインが見違えるほど良くなっていることをご存知だろうか。生活感をとことん排除したななめドラム洗濯乾燥機、ホワイトが映えるセパレート形状に吸引スタンドが付属するコードレススティック掃除機、見たい場所まで自由に動かせるまったく新しい「レイアウトフリーテレビ」――。

 

同社家電のデザインが劇的に改善された背景には、2018年に誕生した「Panasonic Design Kyoto」がある。それまで大阪と滋賀に分散していた家電のデザイン部門を京都に移し、黒物家電・白物家電それぞれのデザイナーが集結。古都・京都の伝統が息づいた生活の中心地で、プロフェッショナルたちが喧喧諤諤(けんけんがくがく)議論を重ねながら、新機軸を提案している。

 

ではいったい、パナソニックのデザインチームはいかにして京都で生まれ変わったのか。Panasonic Design Kyoto立ち上げの責任者であり、昨年、同社デザイナー出身として初めて執行役員となった臼井重雄氏に話を聞いた。

京都に来て「お客さまをみる」ようになった

――ここ1,2年で、パナソニックの家電デザインが劇的に良くなりました。京都にデザイン拠点を移したタイミングとも重なります。

臼井氏 もともと私が2007年~2016年まで上海のデザインセンターに赴任していたのですが、赴任期間を終えて日本に帰国したとき、日本の家電のデザインが赴任前と全く変わっていなかったことに大変な危機感を覚えました。

私が赴任していた頃の中国は、成長の真っ只中でした。街や暮らしが成長していく過程の中で、「家にエアコンがあることを自慢したい」なんてシチュエーションもザラでした。

翻って、日本はすでに成熟のフェーズに入っていて、さらにこの2年間は新型コロナウイルスの影響で、もう一度「暮らしを上質にしよう」という流れになりましたよね。

加えて、インスタグラムなどのSNSが普及し、家の中がオープンになりました。その結果、単純な炊飯器や電子レンジさえも、「家の写真を撮った時にかっこよく映るパーツとなるか」という、新しい価値観で選ばれるようになっています。

このように価値観がアップデートされていく中で、家電のデザインはどうだろうと考えたときに、ほとんど変わっていなかった。その間、国内の家電業界は、中国企業に事業を買収されるなど競争環境が様変わりしました。僕も中国にいるときは「日本代表」のユニフォームを着ているような気分で仕事をしていましたが、もはやそんな時代でもなくなってきたのです。

臼井重雄(うすいしげお)

パナソニック株式会社

執行役員/デザイン担当
(兼)くらし事業本部 ダイレクターカスタマーエクスペリエンス担当
(兼)くらし事業本部 デザイン本部 本部長
1990年松下電器産業(当時)入社。テレビ、洗濯機などのプロダクトデザインを手掛け、2007年に中国·上海のデザインセンター中国拠点長就任。17年パナソニックアプライアンス社デザインセンター所長、19年デザイン本部長などを歴任し、21年より現職。

その後、2017年の1月にアプライアンス社(編集部注:当時パナソニックの家電部門を統括していた社内分社)のデザインセンター所長に任命されたのですが、当時から、工場で働いていたプロダクトデザイナーたちが「内向き」になって働いていることに危機感を感じていました。

「どこを向いて仕事をしているんだろう」と。これはメスを入れなければならないなと。

京都にデザイン拠点を集約させたのは、これらがきっかけでした。人がいる文化があり、若者も多い、生活の根付く京都にこそデザイナーは「出ていく」べきであり、そうした地域で揉まれていかないと、良いデザインは生まれないと考えました。

京都四条の中心街に構える「Panasonic Design Kyoto」

京都に来て変わったのは、デザイナーたちが「お客さまを見るようになった」ことだと思います。

もちろん、これまでもお客さまを見ていないわけではありません。しかし、その「お客さま」が、例えばデザインを依頼してくる社内の事業部だったり、実際に家電が並ぶ量販店であるケースが存在していた。

ある意味、これらの関係各所もお客さまです。でも本当に僕たちが商品を届ける相手とは誰なのかと問われたら、当然、最後に使ってくれる人こそお客様のはずですよね。

事業部や、量販店ではなく、最後に使ってくれるお客様にとって一番使いやすいデザインとは何か。それを京都の街の中に出てきて、生活者の近くに来て考え直したことがこういったデザインが出てきた背景だと思っています。

以前なら「オープンイノベーションだ!」なんて言っても所詮工場で社内の人が反応するだけだったのが、今なら地下鉄で徒歩2、3分の箇所にデザインセンターがあり、「ちょっとみんなでビールでも飲みながらアイデアを考えてみようよ」みたいなきっかけが生まれやすく、お客さんと徹底的に向き合おうという土壌がようやくできてきましたから。

最初の2,3年は「京都に拠点を作ったけど何が変わったの?」と、よく聞かれていました。正直、最初の頃は京都の老舗茶筒メーカーとのコラボレーションスピーカーである「響筒」を成果としていたのですが(苦笑)。

とはいえ、この「響筒」から得たものも大きかったんです。生活の中に長い時間溶け込んで使うことを考えたら、シンプルだけど作りは精巧でなければならない。そんなことを、老舗のものづくりから学びました。長年愛されてきたものって、和室はもちろん、モダンな空間にも合うんですよね。

僕らが普段つくっている家電たちも、生活にどう溶け込んでいくか、お客様に気持ちよく使ってもらうにはどうすればいいかと考えた際に、店頭で一番目立つかどうかや、キラキラした装飾がついているものではないよね、と気付かされたのです。

そういった経緯から、自然と今のデザインに落ち着くようになりました。

京都の老舗茶筒メーカー「開花堂」とコラボしたスピーカー・響筒。100台限定で販売された

――21年秋には、デザイナーとして初めて、パナソニックの執行役員に就任されました。ご自身含め、社内におけるデザイナーの立ち位置の変化を感じることはありますか。

臼井氏 この数年でデザイナーたちに意識が浸透しただけでなく、社内のさまざまな人たちが、僕がやっていることを理解してくれるようになった結果が、今の立場にも現れているのかなと思います。

一昔前だったら、僕らがやっている取り組みなんて、「オレの嫁さんはピンクが好き。だから女性はピンクが好き。取り入れよう」とか「他メーカーがウチと似たデザインで作ってきたから、差別化するために銀の線を入れたデザインはどうだろう」みたいな横やりが入るようなことがことが、少なからずあったんです。

そういった意見を、時には無視したり、しっかり説明をし尽くすことで乗り越えて、今のデザインとなり、お客様にも受け入れてもらえた。

責任と権限を与えてもらったため、実際に商品として具現化できているという側面もあります。今では笑い話にできるようなこういったエピソードや悩みを、今でも抱えているデザイナーは他社を含めまだまだたくさんいると思います。

これらの商品を発売する前、社内外問わずさまざまな人が先行デザイン展をみにきてくれました。そこで言われたのは「なぜこれを今すぐ出さないのか」という意見でした。

そりゃあ、デザイナーとしては出したいですよ(笑)。でもその時は出せなかった。「店頭で目立たない」「金の匂いがしない」などとブロックされてきたのです。

そこを、幹部と粘り強く議論しあって、我々独自の世界観を作り出すことこそ競争力につながるんだということを理解してもらって、これまで「絵に描いた餅」状態だったデザインを具現化することが出来ました。

だから、今までのデザイナーもスキルが低いわけではなかった。そこを突破する力がなかったり、大きな力に阻まれていたのです。そこを、「お客様がこれを求めている」という目線で社内を説得できたのは、生活に寄り添った京都の拠点で活動できたからこそではないでしょうか。

パナソニックデザインの「伝統」と、そこから逸脱する勇気

――デザインの質を底上げする、ターニングポイントとなった商品はありますか

臼井氏 大きく2パターンあると思っていて、1つはななめドラム洗濯機やナノケアドライヤーなどの生活家電たち。

世の中には多くのデザインに優れた家電がありますが、それらの多くは「MarkⅠ(初号機)」だと思います。その一方で、我々が現行で販売しているドラム式洗濯機やドライヤーは、それに当てはめるならば「Mark 14」くらいでしょうか。

つまり、熟成度が全然違うのです。市場に対するインパクトはそれほど強くないかもしれませんが、その商品を長く使うという意味でも、多くのエンジニアが関わり、長い年月をかけて考えて、全勢力を注いだ結果、今の形になっている。

これらのジャンルは、何年も先までしっかりロードマップがあり、開発力もノウハウも蓄積されています。「真新しさ」だけがデザインではなく、こういった商品を毎年しっかり出していけることも強みの1つであることをまずお伝えさせてください。

一見、大きな変化は見られない洗濯機だが、操作インターフェイスなどが見直され、目に見えない箇所がしっかり改善されている

その一方で、こうしたロードマップからはみ出た商品も、少しずつ出始めています。おそらくこれらの商品が、デザインやコンセプトにおいても話題にしていただけているのではないでしょうか。

セパレートタイプのスティッククリーナーや、IoT対応のオーブンレンジ、炊飯器などが該当します。

我々が積み上げてきたロードマップには「掃除機をセパレートにしよう」とか「IoTで調理家電をアップデートしよう」という考えはありませんでした。

それが、京都にデザイン拠点を構えて、本当の意味でのお客様のインサイトに向き合った結果、この商品は生まれたのです。

例えば、掃除機について「ごみの処理が面倒」という声が多く上がりました。その頃、我々は何をしていたかというと、吸引力の数字を追い求めるようなことをしていたんです。

オーブンレンジも、「メニュー数が増加!最強スペック!」みたいな訴求をしていたのですが、お客様の声を聞くと「使いこなせないので、こんなにメニューはいらない」と言われてしまった。

明らかにおかしいのですが、家電製品のロードマップというものは、機能を増やしたり、パワーをアップしていくことが定石です。それを、勇気を出して「止めましょう」と決断し、その代わり、ユーザーが今求めている機能を早急に実現させることだけに注力しました。

ロードマップ通りに作れる技術と体力に加えて、マップから外れてでも、お客様の声を即実現できる体制も整った。僕はあくまで、この両軸が弊社デザインの強みであると考えています。

吸ったゴミをダストボックスに吸わせることで、ゴミ捨ての頻度を減らしてくれるクリーナー。入社3年目の若手デザイナーの発案だった

青臭くていい。幹部が振り向いた「ADR」

――ロードマップから逸脱した商品提案を、どのようにして社内で通していったのでしょうか。

臼井氏 京都に拠点を移してからは、とにかく「議論する」回数を増やしました。

これまでは、先行デザインを検討する際、案を「見て終わり」でした。それが、京都に拠点を移してからは、他部所の幹部も一緒となって、ワークショップ形式で議論しながら、デザインやコンセプトを決められるような仕組みを作りました。

とにかく、幹部にデザインを見てもらい、議論する機会を作りたかったのです。この検討会を「アドバンスド・デザイン・レビュー(ADR)」と呼んでいます。

最初は「青臭いデザインだ」などと酷評されたり、「他社をベンチマークしてるのか」などと言う幹部もいましたが、とにかくエビデンスよりもユーザーインサイトを見るべきだと、そこだけはぶらさずに粘り強く議論を続けました。

すると、一部の幹部たちの考え方が変わってきたのです。むしろ「青臭くていい」。徹底的にお客様の声を聞かせてくれ、と。当時の社長が言ってくれた事も強く印象に残っています。

キックオフ当初は先行デザインについて議論する会でしたが、今ではデザインの領域を超えて、未来の家電やデザインについて想像し、考えていくことまで行っています。

――風通しが良くなれば、実際に手を動かすデザイナーたちのモチベーションも高まりそうです。

臼井氏 はい。インサイトを探るためにお客様に深いインタビューをしていくにつれて、いてもたってもいられなくなったようで、「悩んでいるお客様のために、今この商品を作らなければいけない」と思ってくれるようになりました。

若いデザイナーが新鮮な価値観とインサイトを提案し、それに若い技術者たちが呼応する。もちろん、ベテランデザイナーたちも負けていませんし、これまでの経験値から細かいディテールをフォローしてくれます。

議論が生まれ、デザイナーのモチベーションもアップし、さらに事業がドライブしていくことを実感する毎日でした。

Panasonic Design Kyotoには、多くのミーティングスペースが存在。外の知見を取り入れる場からクローズドな空間まで、フロアごとに意義が分かれている

白と黒が交わって生まれたシナジー

――デザイナー間の交流が活発となったことで生まれたシナジーの事例も教えてください。

臼井氏 これまでは拠点が異なり、白物家電と黒物家電のデザインチームで分断されていましたが、京都に来てからは、ジャンルを超えてプロジェクトチームを結成するケースが増えました。今までテレビやオーディオを作っていたデザイナーが美容家電を作ったりもしています。

ものづくりとして意匠やディテールまでこだわることの多い黒物家電と、生活における実使用を想定したタフネスやデザインを重視する白物家電では、求められるものが違います。お互いをリスペクトしつつも、黒物のデザイナーが白物家電を見て「ここ、もうちょっとディテール詰められるのでは?」とか「グラフィックをもっと突き詰められそう」みたいに考えられたり、逆も然りで。

ミニマムデザインが特徴の「マイスペック」オーブンレンジとライス&クッカー。ダイヤル部分はオーディオからインスパイアされた

例えば、オーブンレンジの操作ボタンをメンブレンではなくダイヤルにしたことなどは、黒物家電の、特にオーディオ部門からの提案だったりします。これまでは操作性や防水性などを重視してメンブレンボタンが当たり前とされてましたが、直感的な操作性や、キッチンに映えるフラットデザインの流れなど、これまでの通例に囚われないデザインを取り入れられたのは、間違いなく黒物チームが新しい風を吹かせてくれたからです。

昨年発売したレイアウトフリーテレビも同様です。テレビ事業は長年、商品そのもののディテールや技術は突き詰められていたけど、それが生活にどう馴染むかまでは想像できていなかった。そこをADRで、あくまで生活空間においてどうかという観点で議論を重ね、「確かにリビングにこんなでっかい黒い板があったら邪魔だよね」といった意見が、ようやくテレビの検討会議で出てきたのです。

両方の良さが混ざり合って、総合的なデザインの完成度は上がったのだと思いますね。

住空間に調和するテレビとは?という視点で開発されたレイアウトフリーテレビ。部屋と部屋を仕切るパーテーションとしても使えるよう、背面もきれいに仕上げる
レンジはもちろん、美容家電のデザインの完成度も大きく向上したと臼井氏は太鼓判を押す

「はみ出し力」で、ディテールからCSまでデザインしていく

――現在、臼井さんはCX(カスタマーエクスペリエンス)部門まで統括されています。「デザイン」がカバーする範囲が広がっていく中、5年目を迎えるPanasonic Design Kyotoで、これからどんなことを成し遂げたいですか?

京都に拠点を作って、経営幹部と現場のデザイナー、ジャンルの異なるデザイナー同士が、同じ空間で議論ができるようになりました。そして、その議論は「同じ目線」で行うだけではダメで、常に1つ上のレイヤーを見ながら出なければならないこともわかりました。

1つ上のレイヤーとは、繰り返し述べている「“本当のお客様”のことを考えた時にどうなのか?」ということでした。そして、そういった意味でのデザインとは、単なる見た目や、UIだけにとどまらないと考えます。

新型コロナウイルスの影響も、家電とは切り離せません。僕自身、自宅にいることが増え、家電を使うことに向き合う機会が増えました。その結果、家電を使ううえで説明書と同じくらいWebページを見る頻度が多いことに気付いたり、SNSの影響力を再認識したり。自社製品とお客様のタッチポイントを改善していくという意味では、これもデザインの一環なのです。

今までは、デザイナーはプロダクトそのもの、つまりモノのデザインだけに集中していればいいと、それだけを取り組みがちでしたが、お客様に喜んでもらうために、他部所で取り組んでいる領域にも首を突っ込んで、よくしていかなければいけない時もありますよね。

そういった「はみ出し力」というか、良い意味での領空侵犯をしていく。でも、「良い意味での領空侵犯」なんて無いですよね(苦笑)。そこを、1つ上のレイヤーでしっかり議論していけば、侵犯ではなくなり、お客様のためになるはず。

そのためのハブとして、Panasonic Design Kyotoはあり続けたいと考えています。


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家電ライター
東 春樹

大学卒業後、雑誌『家電批評』・経済Webメディア『NewsPicks』の編集記者として、商品レビューと企業取材の両軸で長年家電業界の取材を行う。掃除機や炊飯器といった白物家電を中心に、これまでに200製品以上の家電をレビューしてきた。現在は商品比較メディア「mybest」に所属し、白物家電全般の記事を統括する傍ら、個人でも執筆活動を行う。
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