雨の富士で観た、アルピーヌが目指す「走るプレミアムブランド」

初めてのWEC、初めての予選。レースの舞台裏から見えてきた、アルピーヌのWECからF1への転換と、ライフスタイルブランドへの挑戦

雨の富士で観た、アルピーヌが目指す「走るプレミアムブランド」

author: 田中 謙太朗

「レースって、決勝を見るものじゃないの?」

僕もそう思っていた。

今回、富士スピードウェイで開催されたFIA WEC(世界耐久選手権)の「富士6時間耐久」を取材するまでは。

ところが僕が見に行ったのは、決勝ではなく予選。それも、かなり激しい雨の一日だった。

土砂降りの富士スピードウェイを走るアルピーヌ「A424」の勇姿 / Photo ALPINE

それでも、いや、だからこそ面白かった。

今回のお目当ては、ルノー・グループのプレミアムスポーツブランド、アルピーヌだ。

アルピーヌにとって2026年はWEC最後のシーズン。2027年以降はF1に活動の軸を移すことが決まっている。つまり、富士でアルピーヌのWECマシンを見ることができるのも、今回が最後になる。

まず朝早く、アルピーヌのガレージを見せてもらった。

そこには2台のレーシングカーだけでなく、交換用の部品や工具、そして天候に合わせたタイヤが並んでいた。

ドライ、ウェットなど、コンディションに応じてタイヤを使い分ける。

さらに、事故などで壊れた場合に備えて、サスペンションなどの交換部品も準備されている。

できれば使わずに済ませたい部品だ。

でも、耐久レースでは何が起きるかわからない。

だから「壊れたら直す」のではなく、「壊れる可能性があるものを、あらかじめ用意しておく」。そういう準備が必要な戦いなのだ。

この時点で、僕が知っていた「レース」のイメージが少し変わった。

Photo ALPINE

僕たちが見るのは、サーキットを走るクルマだけ。

でも、その1台を走らせるためには、ドライバーだけでなく、メカニック、エンジニア、タイヤ、部品、データ、そして天候を読む判断が必要になる。

そして予選が始まった。

富士スピードウェイのホームストレートでは、レーシングカーが時速270km前後に達する。

そのスピードを、雨の中でも出していく。

しかも、普通なら予選中のピット周辺は、チームにとって最も集中したい時間。観客が気軽に入れるような場所ではない。

ところがアルピーヌには、観客が安全に予選の緊張感を体験できるスペースが用意されていた。

そこに入ってヘッドホンを装着すると、チームとドライバーの無線が聞こえてくる。

予選中にピットインする36号車
ヘッドセットでチーム無線を聴きながら、気分はチームの一員だ

これが、とにかく生々しい。

「もっと速く走れ」といった単純な話ではない。

サスペンションのセッティング、ステアリングのフィードバック、クルマの挙動などについて、ドライバーとエンジニアが細かく情報をやり取りしている。

順位表を見てみると、ラップタイムが記録されていた。首位と最下位の差は約2秒。たったの2秒だ。その差を縮めるために20人以上のエンジニアチームとメカニック、ドライバーが一丸となって戦っている。

レーシングカーは、ドライバーが一人で操るものではない。

ドライバーが感じたことをエンジニアに伝え、エンジニアがクルマを調整し、その結果をまたドライバーが確認する。

つまり、クルマと人間の「共同作業」なのだ。

レースの最中、ピット作業を受けるアルピーヌ「A424」

ところが午後、天候が急変した。

猛烈な雨が降り始め、視界も路面状況も悪化。大きな事故も発生し、午後の予選セッションは中止となった。

予選でタイムアタックができない。

普通なら、これはアルピーヌにとって残念な展開だ。

ところが、ここで面白いことが起きた。

それまでのフリー走行のベストタイムによって、アルピーヌの36号車と35号車がフロントロウ、つまり1番手と2番手からスタートすることになったのだ。

金曜日のフリー走行では、36号車のビクトール・マルタンスが1分29秒304を記録してトップ。35号車も3番手につけていた。

Photo ALPINE

そして迎えた決勝。

富士6時間を制したのはトヨタ8号車。

しかし、そのすぐ後ろにアルピーヌ36号車がいた。

36号車は203周を走り、トヨタとの差はわずか0.591秒。35号車も4位に入り、アルピーヌの2台がトップ4に入った。

結果だけを見れば、アルピーヌは優勝を逃した。

でも、この結果を「2位と4位」とだけ見るのは、少しもったいない。

なぜなら、これがアルピーヌにとってWEC最後のシーズンだからだ。

アルピーヌは、2024年にWECの最高峰カテゴリーへ本格参戦し、2025年には富士6時間で初勝利を挙げた。そして2026年を最後にWECを離れ、F1へと活動の軸を移す。

有終の美を飾ったアルピーヌ「A424」/ Photo ALPINE

では、なぜアルピーヌはレースを続けるのか。

ここに、今回の取材で一番興味深かったポイントがある。

アルピーヌは、単なる「ルノーのスポーツモデル」ではない。

ルノー・グループの中で、独立したプレミアムスポーツブランドとして成長することを目指している。

現在のラインアップも、2シーターのスポーツカー「A110」だけではない。ホットハッチの「A290」、スポーツファストバックの「A390」へと広がっている。さらに今後はEVスポーツカーも投入する計画だ。

そして、そのブランドを率いるフィリップ・クリエフ(Philippe Krief)CEOは、もともとミシュラン出身。フェラーリやアルファロメオなどでも技術や商品開発に携わってきた人物だ。

つまりアルピーヌにとって、レースは単に「速いクルマを作っています」という広告ではない。

クルマがどう動くのか。ドライバーが何を感じるのか。タイヤと路面がどう作用するのか。そして、それをエンジニアがどうクルマに反映するのか。

「走ること」そのものをブランドの価値にしていく。その象徴が、WECであり、次のF1なのだと思う。

今回、僕が富士で見たのは、レーシングカーが速く走る姿だけではなかった。

ガレージで交換部品を準備する人たち。無線でクルマの挙動を分析するエンジニア。雨の中でも時速270km近くで走るドライバー。

そして、突然の豪雨によって予選そのものがなくなってしまうという、レースならではの不確実性。

そのすべてを含めて、レースだった。

土砂降りの雨の中、ピットに戻ったアルピーヌ「A424」/ Photo ALPINE

アルピーヌはWECを終えて、F1へ向かう。

それは単なるカテゴリー変更ではない。

「速いクルマを作るブランド」から、「走ることそのものをブランドの価値にするプレミアムブランド」へ。

雨の富士で見たアルピーヌの最後のWEC挑戦は、その方向性をかなりリアルに感じさせてくれるものだった。

そして僕は、予選だけでもレースは十分に面白い、ということを初めて知った。

決勝の表彰台だけが、モータースポーツの面白さではない。その一台がスタートラインに立つまでに、どれだけの人が、技術が、そして「走ることへのこだわり」が詰め込まれているのか。

そこまで見えてくると、クルマが走る姿は、これまでとは少し違って見えてくる。

アルピーヌとは
Société des Automobiles Alpine SAS
アルピーヌは、1955年にフランスのジャン・レデレが創業したスポーツカーブランドだ。ブランド名は、創業者がアルプスの山岳路で磨いたクルマの走りに由来する。軽量なボディと俊敏なハンドリングを重視する設計思想を武器に、ラリーをはじめとするモータースポーツで実績を築き、1973年にはルノーの傘下に入った。その後、1995年に一度生産を終了したが、2017年に「A110」で復活。現在はルノー・グループのスポーツカーブランドとして、モータースポーツとのつながりを保ちながら、電動化時代の新たな方向性を模索している。
電動化が進む現在も、単に大きなパワーを追求するのではなく、「軽さ」を重要な価値としている点がアルピーヌの個性だ。クルマを速くするために、何を足すかではなく、何を削るか。その思想は、電動化によってクルマが重くなりがちな時代だからこそ、改めて意味を持っている。

Photos = Société des Automobiles Alpine SAS

Photos / Text = Kentaro Tanaka