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世界一意識低いクラシック名曲アルバム

浮気男ドビュッシーの楽曲は、女性たちの悲しみの上にある

author: 渋谷ゆう子date: 2021/06/30

クラシックだけでなく、その後のジャズやポップスにも多大な影響を与えている作曲家ドビュッシー。ピアノ曲『月の光』や『亜麻色の髪の乙女』など、甘く美しくロマンチックな楽曲が有名で、それまでのクラシック音楽の作曲方法に捉われない由な発想で全く新しい音楽世界を作り上げた。ただ、ドビュッシー本人は人間性に問題がありすぎ、数々の女性たちを翻弄した人生だった。元恋人が次々に拳銃自殺を図ってしまうなど、およそまともな話がない。彼の魅力と狂気はどこにあったのか。

1862年 (0歳)
フランスのイヴリーヌ県に生まれる

1872年 (10歳)
パリ音楽院入学

1884年 (22歳)
ローマ大賞を受賞

1890年 (28歳)
有名なピアノ曲『月の光』が含まれる
『ベルガマスク組曲』作曲。

1894年 (32歳)
『牧神の午後への前奏曲』作曲

1899年 (33歳)
リリー・テクシエと結婚

1905年 (43歳)
管弦楽曲『海』作曲、エンマ・バルダックと同棲。
長女クロード=エンマ誕生。

1918年 (55歳)
直腸癌により死去

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才能はあるけど、
態度が悪すぎた少年時代

クロード・ドビュッシーは1862年にフランスで生まれた。幼いころからピアノを演奏し、10歳にして、フランスの名門音楽学校パリ国立音楽院に入学する。作曲を本格的に始めたドビュッシーは10代で輝かしい才能を発揮した。だがすでに人間性の問題が露呈しており、音楽院の先生の間では「あいつは才能あるかもしれないが、態度が悪すぎる」と評判だった。気難しい、神経質、短気などあらゆるマイナス要素を友人にも指摘され続ける。

だが一方でそんなドビュッシーは美しいものを見分ける目がある。つねに身に着けるものにこだわり、センスの良いインテリアで部屋を飾る。当時のヨーロッパ文化だけでなく東洋文化にも関心を持っていた。葛飾北斎の富嶽三十六景の版画を部屋に飾ったりもする。有名な管弦楽曲『海』の楽譜の表紙には、この浮世絵の波の部分を使うよう指示していた。やることがかっこ良すぎる。(外見はそこまでかっこよくはない。※個人の感想です)。しかし、というかやはり、浪費著しいドビュッシーは金銭的に苦労しており、友人知人に借金を繰り返しては踏み倒した。

メンヘラ的なアプローチで
女性を虜に

そんな人付き合いの困難さや悪びれない風態は、ある種の母性本能をくすぐる要素になりうる。そう、いつだって女性はちょっとワルいけど才能ある男性に弱いのだ(知らんけど)。案の定ドビュッシーは、女性に切れ目がない。10代の頃からの人妻との交際にはじまり、同棲している女性がいながらも次々に恋愛沙汰を繰り返す。

革新的な手法で全く新しい音楽を生み出していく才能溢れた若き作曲家。それが魅力的に見える一方で、人付き合いは苦手で周りから疎まれる性格。そんな人が目の前にいたら? そして彼が困ったような、そして少しひねた態度をとりながらも、そこに不器用な一面が見えたとしたら?

しかも「あなたが振り向いてくれないならボクが手首切って死ぬよ」なんて手紙出したりする。才能ある青年が、熱烈に(ちょっとメンヘラ的に)アプローチするわけだ。これを女性が受け取ったら、ドビュッシーを放っては置けなかっただろう。その必死さと能力に惹かれ、彼を支えたいと思い、今度はその女性が全身全霊で彼に向かっていくだろう。

メンヘラ男に虜になるのは同じ匂いのする女。お金も出す。人生を差し出す。しかもその目の前の愛する人が、聞いたこともないような官能的でロマンチックで、そしてとろけるような甘い音を紡ぎ出していく。「ハマるな」という方が無理だろう。彼の才能を信じ、そこに欠けるものを埋めてあげたいと願い、彼の成功を自分のもののように感じる。これはもう立派な共依存だ。離れられるわけがない。

浮気癖が直らず、
恋人ふたりが自殺未遂! 

しかしそれはやっぱり長くは続かない。一緒に暮らし、何もかも差し出した後になって、男の心は別の人に移ってしまう。すぐ飽きるのだ。よくあることだ。しかし彼女はたまったものではない。彼が自分の全てだと思ってそれまで生きている。彼がいなくなることなんて考えられなかっただろう。別れるくらいなら、失ってしまうくらいなら死んだ方がマシだと。支えてあげたつもりが、自分から何もかもを絞り出されて、そして捨てられてしまうなんて耐えられないと思っただろう。

何度訴えても浮気を繰り返す男に反省の色はない。何度かはその場しのぎの言い訳をし、また同じことを繰り返す。かつて自分に死んでやると言った男だ。今回は同じことをこちらがすればいい。そう脅しさえすれば、自分の元へ戻ってくるかもしれない、いやそうに違いない。そして女は銃を自分に向けてしまう。ドビュッシー35歳の時、一緒に暮らしていたギャビーという女性のことである。幸いギャビーは一命を取り留めた。

こんなことがあったにも関わらず、ドビュッシーはこのギャビーの友人リリーに交際を迫り、ついに結婚する。しかしやっぱりというべきか、早々にまた浮気を繰り返す。そのうちの一人が後に2番目の妻になるエンマ、自分の教え子の母親だった。人妻である。エンマにのめり込むドビュッシーの素行はすぐに明るみに出る。

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ドビュッシー(左)とリリー(右)

のらりくらりとリリーとの別れを引き伸ばすドビュッシー。綺麗事を並べる手紙をリリーに送り、自分からは別れを切り出さない。諦め切れず、かといって振られてもいないリリー。だがその時すでに不倫相手のエンマはドビュッシーの子供を妊娠している。行き場のない思いを抱えてリリーはついに自分に銃を向けることとなってしまうのだ。

ああ、もう絵に描いたようなダメっぷり。女に判断を投げて、自分は逃げる。傷つきたくないオトコの常套手段である。こんなことが立て続けに2度も起こって、流石にドビュッシーは社会的な信用を失う。当時フランスの音楽界で重鎮だった作曲家のサン=サーンスに、おまえいい加減にしろとばかりに要職に就かせてもらえなかった。

素晴らしい功績の裏にある、
女性たちの光と影

リリーの自殺未遂騒動の最中、エンマとドビュッシーはイギリスに逃避行していた。直後、二人の間に娘が生まれる。43歳にして初めて得た自分のこどもを、ドビュッシーは溺愛し、『子どもの領分』という6曲の楽しいピアノ作品を作曲した。

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わかり易すぎる。メンヘラ愛情直球浮気男は、わりに自分の娘に弱いのだ。女性を泣かせ続ける自分が大好き男に限って、娘を異常に可愛がる傾向がある。大好きな自分の遺伝子が半分入っていて、それがさらには異性、小さな女の子だからだ。

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ドビュッシーと娘

しかし案の定、妻とはうまくいかなくなった。ああ、それもわかる。数々の女性と問題を起こす夫、なんなら自分も不倫の勢いの末に結ばれてみたけれど、やっぱり性格はそうそう変わらないことに、エンマも気がついたことだろう。ドビュッシーが娘を愛することができるのは、娘の半分が自分自身で、そしてまだそれがほんの幼い、お人形のような存在だからだ。ひとりの大人の女性ととことん向き合うことができないドビュッシーを、エンマはきっと、娘の存在を通して理解したことだろう。

晩年、ドビュッシーは元妻リリーへの支払いが滞って裁判所に勧告を受けたり、病に苦しんだり、そして何より妻エンマとはうまくいかないまま、金銭的にも苦労しつつ55歳でこの世を去った。残念なことにその翌年には、最愛の娘もたった14歳にして病で亡くなってしまう。

彼に関わった女性たちの不幸を思うと、今も残る美しく他に変えがたい楽曲の数々が、ことごとくその悲しみの上に成り立っているとしか思えない。甘く官能的で、斬新で魅惑的で、そして一流の音楽家が今なお研究を続ける彼の芸術的な作品の中には、全てを投げ出して尽くしてきた女性たちの影と、一時の甘い日々が狂おしいほどにまとわりついている。

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ドビュッシーは確かに素晴らしい功績を残した。だがその中にあるどうしようもない人間的な欠陥と、そばで自らの人生を消耗してまで支えた女たちの光と影がある。きっと楽しい時間もあっただろう。愛に溺れる幸福な夜も。それは今も、ドビュッシーの楽曲の中に存在し続けている。

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音楽プロデューサー
渋谷ゆう子

株式会社ノモス代表取締役。音楽プロデューサー。執筆家。オーケストラ録音などクラシック音楽のコンテンツ製作を手掛ける。日本オーディオ協会監修「音のリファレンスシリーズ」や360Reality Audio技術検証リファレンス音源など新しい技術を用いた高品質な製作に定評がある。アーティストブランディングコンサルティングも行う。経済産業省が選ぶ「はばたく中小企業300選2017」を受賞。好きなオーケストラはウィーンフィル。お気に入りの作曲家はブルックナーで、しつこい繰り返しの構築美に快感を覚える。カメラを持って散歩にでかけるのが好き。オペラを聴きながらじゃがいも料理を探究する毎日。
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